恋とキスは背伸びして
「まったくもう。せっかく貴重なシーンに立ち会えて、幸せなカップルの様子を心に留めておこうと思ったのに、美怜の変顔ですべてが吹き飛んだ」

レストランを出ると、卓が呆れたように美怜を振り返る。

「変顔ってなによ?」
「その顔のこと。お前な、いくら疑似デートだからって、他人のプロポーズにまで感情移入するなよ。しかもプロポーズされた彼女よりも泣くってどういうこと?」
「仕方ないでしょ。プロポーズなんて初めてお目にかかったんだもん。もらい泣きしちゃうじゃない」

もらい泣き?!と卓は声を上げる。

「そんなレベルじゃなかったぞ。ボロ泣きの大泣き!しかも、うぐぐって必死にこらえてるから、顔は真っ赤で眉毛は八の字だし。顔面しわしわのタコにしか見えなかった」
「ひっどーい!あんな感動的なシーンを見ながら、よくそんなこと考えられるね?卓には純粋な心ってものがないの?」
「俺だって、いいシーンだな、お幸せにって思いながら微笑ましく眺めてたよ。でもお前がそれを一瞬で打ち砕いたんだろうが」

まあまあと、成瀬が二人の間に手を差し出す。

「とにかく、ロマンチックなプロポーズのおすそ分けは頂けたし。あんなふうに幸せな時間を演出できるようにアイデアを練っていこう。ほら、今日は最後に夜景を見るんだろ?」

はい、と美怜は憮然としつつも頷く。

「先輩達のおすすめは、港の見える丘公園だそうです」
「王道なデートの締めだな。じゃあ早速行くか」

そして再び成瀬の車に乗り、坂道を上がった高台にある公園に向かった。

「すごい!横浜の夜景と海が一望できるんですね。とっても綺麗…」

美怜は公園の展望台から、眼下に広がる美しい景色に感嘆のため息をつく。

「この辺りは開港当時外国人の居留地で、丘の上にイギリス軍、下にはフランス軍が駐屯していたんだ。公園内にはフランス領事館跡地のフランス山や、イギリスの総領事官邸だったイギリス館もある。そうそう、イングリッシュローズの庭っていうバラ園もあるよ」
「そうなんですね!次は夜じゃなくて昼間に見に来たいです」
「そうだな。今度は今日とは逆ルートで、日中ここに来て、夜はトワイライトクルーズっていうのもいいな」
「はい!」

成瀬の言葉に頷くと美怜はもう一度夜景を眺め、時間も忘れて魅了されていた。
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