恋とキスは背伸びして
「本部長。少し話が逸れるかもしれませんが、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
美怜が切り出すと、成瀬は少し意外そうな表情になる。
「ああ、構わない。どうぞ」
「はい。私はこれまでずっと、アネックス館のカップル向けの客室のことを考えてきました。ですが疑似デートを終えて、少し考え方が変わりました。客室をどうするべきか、ではなくて、アネックス館全体に対するアイデアを考えたいと思います」
そう言うと成瀬だけでなく、卓も怪訝そうに美怜を見た。
「アネックス館全体って、どういう意味?」
「私はどんなお部屋ならカップルがロマンチックな雰囲気になるだろうかとばかり考えていましたが、お部屋だけではなく、もっと色々な場所でお二人の大切な思い出となるような時間を過ごしていただければと思うようになりました。同じものを見て、同じ気持ちを共有し、いつまでもお互いの心に大切に残る時間。ルミエール ホテルでそんな思い出を作っていただきたいです」
「…それで?」
まだ意図が分からない様子の二人に、美怜は成瀬から送られてきた疑似デートの時の写真を見せる。
「私はこの写真を見る度に、楽しかったあの時の思い出が蘇ってきます。きっとカップルのお二人ならますますそう思うでしょう。こんなふうにホテルの館内を散策しながら素敵なひと時を過ごし、お部屋に戻ってからもその余韻に浸ってもらいたいです。具体的には館内のあちこちにフォトスポットを作ったり、お二人で楽しめるイベントを企画する。その為のアイデアをいくつかご提案したいと思います」
美怜はタブレットを操作すると、自社製品を表示した。
「例えば、ロビーの一角にはこのデザイナーズシリーズの家具を置きます。この赤い『ローズチェア』は、座面と背もたれが赤いビロードで、まるでバラの花びらのようなデザインですよね?この椅子に座った彼女を彼が撮影できるように、テーブルや背景、小物も演出します。他にも、五階にあるガーデンテラスには四季折々の綺麗な花が咲き乱れていますので、ここにもフォトスポットを設けます。あとはチャペル。結婚式の予約がない日に、チャペルでちょっとした室内楽のコンサートを開くのはどうでしょうか?チェペル内部を実際にご覧いただけることから、お二人の将来の結婚式場として候補になるかもしれません。他には季節ごとのイベントも。例えば夏は浴衣のレンタルや着付け、秋はハロウィン、冬はクリスマス。もちろんこれまでもハロウィンとクリスマスの館内装飾は施されていますが、更に楽しめるような講座を企画します。ジャックオランタンを作ったり、クリスマスリースを作ったり。お二人で楽しい思い出を作ってもらえたらと思います」
ずっと黙ったまま聞いている二人に、美怜は自信なさげにおずおずと尋ねた。
「あの、いかがでしょうか?やっぱり子どもっぽいですか?」
それが一番気がかりだった。
デートも満足にしたことがない自分には、カップルの気持ちがよく分からない。
もしかして大人のカップルから見れば、鼻で笑われるようなアイデアなのだろうか?
だとしたら、ルミエールに提案することはできない。
即座にボツにして他のアイデアを練らなければ。
そう思っていると、成瀬が両腕を組んでソファの背に身体を預けた。
卓も一点をじっと見据えて何かを考えている。
二人を困らせている、と感じた美怜は、そそくさとタブレットを閉じた。
「すみません、お時間を取らせてしまって。別のアイデアを考えますね」
すると、いや、と成瀬が口を開く。
「いいんじゃないだろうか?俺も客室内の家具のことばかり考えていたから、咄嗟に頭がついていかなかったけど、言われてみればいいアイデアだと思う」
「本当ですか?!」
「ああ。実際に俺達三人でデートコースを回った時も、一緒に何かを見たり行動することで同じ気持ちを共有して思い出もできた。ムードがいい客室にずっといるより、そういう時間の方が二人の絆を強くさせるんだと思う」
確かに、と卓も頷いた。
「俺も賛成です。先方のお考えもあるしホテルのポリシーなども考慮しなければいけないので、これが正しいかは分かりません。でも提案してみるべきだと思います。もしかしたらホテルにとっても、良い方向に転ぶかもしれない」
成瀬は再びじっと考え込み、意を決したように顔を上げた。
「先方に来週、このアイデアをご提案してみよう。具体的に詰めていくぞ」
「はい!」
早速三人で顔を寄せ合い、熱心に話し合いを始めた。
美怜が切り出すと、成瀬は少し意外そうな表情になる。
「ああ、構わない。どうぞ」
「はい。私はこれまでずっと、アネックス館のカップル向けの客室のことを考えてきました。ですが疑似デートを終えて、少し考え方が変わりました。客室をどうするべきか、ではなくて、アネックス館全体に対するアイデアを考えたいと思います」
そう言うと成瀬だけでなく、卓も怪訝そうに美怜を見た。
「アネックス館全体って、どういう意味?」
「私はどんなお部屋ならカップルがロマンチックな雰囲気になるだろうかとばかり考えていましたが、お部屋だけではなく、もっと色々な場所でお二人の大切な思い出となるような時間を過ごしていただければと思うようになりました。同じものを見て、同じ気持ちを共有し、いつまでもお互いの心に大切に残る時間。ルミエール ホテルでそんな思い出を作っていただきたいです」
「…それで?」
まだ意図が分からない様子の二人に、美怜は成瀬から送られてきた疑似デートの時の写真を見せる。
「私はこの写真を見る度に、楽しかったあの時の思い出が蘇ってきます。きっとカップルのお二人ならますますそう思うでしょう。こんなふうにホテルの館内を散策しながら素敵なひと時を過ごし、お部屋に戻ってからもその余韻に浸ってもらいたいです。具体的には館内のあちこちにフォトスポットを作ったり、お二人で楽しめるイベントを企画する。その為のアイデアをいくつかご提案したいと思います」
美怜はタブレットを操作すると、自社製品を表示した。
「例えば、ロビーの一角にはこのデザイナーズシリーズの家具を置きます。この赤い『ローズチェア』は、座面と背もたれが赤いビロードで、まるでバラの花びらのようなデザインですよね?この椅子に座った彼女を彼が撮影できるように、テーブルや背景、小物も演出します。他にも、五階にあるガーデンテラスには四季折々の綺麗な花が咲き乱れていますので、ここにもフォトスポットを設けます。あとはチャペル。結婚式の予約がない日に、チャペルでちょっとした室内楽のコンサートを開くのはどうでしょうか?チェペル内部を実際にご覧いただけることから、お二人の将来の結婚式場として候補になるかもしれません。他には季節ごとのイベントも。例えば夏は浴衣のレンタルや着付け、秋はハロウィン、冬はクリスマス。もちろんこれまでもハロウィンとクリスマスの館内装飾は施されていますが、更に楽しめるような講座を企画します。ジャックオランタンを作ったり、クリスマスリースを作ったり。お二人で楽しい思い出を作ってもらえたらと思います」
ずっと黙ったまま聞いている二人に、美怜は自信なさげにおずおずと尋ねた。
「あの、いかがでしょうか?やっぱり子どもっぽいですか?」
それが一番気がかりだった。
デートも満足にしたことがない自分には、カップルの気持ちがよく分からない。
もしかして大人のカップルから見れば、鼻で笑われるようなアイデアなのだろうか?
だとしたら、ルミエールに提案することはできない。
即座にボツにして他のアイデアを練らなければ。
そう思っていると、成瀬が両腕を組んでソファの背に身体を預けた。
卓も一点をじっと見据えて何かを考えている。
二人を困らせている、と感じた美怜は、そそくさとタブレットを閉じた。
「すみません、お時間を取らせてしまって。別のアイデアを考えますね」
すると、いや、と成瀬が口を開く。
「いいんじゃないだろうか?俺も客室内の家具のことばかり考えていたから、咄嗟に頭がついていかなかったけど、言われてみればいいアイデアだと思う」
「本当ですか?!」
「ああ。実際に俺達三人でデートコースを回った時も、一緒に何かを見たり行動することで同じ気持ちを共有して思い出もできた。ムードがいい客室にずっといるより、そういう時間の方が二人の絆を強くさせるんだと思う」
確かに、と卓も頷いた。
「俺も賛成です。先方のお考えもあるしホテルのポリシーなども考慮しなければいけないので、これが正しいかは分かりません。でも提案してみるべきだと思います。もしかしたらホテルにとっても、良い方向に転ぶかもしれない」
成瀬は再びじっと考え込み、意を決したように顔を上げた。
「先方に来週、このアイデアをご提案してみよう。具体的に詰めていくぞ」
「はい!」
早速三人で顔を寄せ合い、熱心に話し合いを始めた。