エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
長く忘れていた両親の記憶を再び胸の奥に押し込んで、私は歩き出す。
別に、いいじゃない。
母さんはもう死んでるんだし、父には父の人生がある。
母さん亡き後、他の女性と新たに添い遂げようとも、それは法的にも人道的にも何ら悪にはならない。
きっと母さんだって、最期まで父さんの幸せを願っていたのだから、祝福こそすれ反対なんてしないだろう。
なら、それでいいじゃない。
私はスマホの時計を確認して、まだ陽の落ち切っていない夕方のうちに約束の新宿駅に降り立った。
そして夜6時45分――
少し早めの15分前に指定された飲食店に到着して名前を告げると、既に個室席で待つという父とそのお相手の女性のもとへ、店内スタッフが案内する。
「こちらです」
「ありがとうございます」
中に入ると、そこには前に見た時よりも随分と顔色の良くなった懐かしい父と、その隣でにこやかに微笑んでいる妖艶な美女が、静かに座って私を待っていた。
「お待たせしてすみません」
「あら、いいのよ。まだ時間まで15分もあるわ」
女性は私に気付くとその場で席を立とうとして、それを咄嗟に父がフォローする。
ああ、不思議だ。
まさかこの年になって、母さん以外の女性に寄り添う父さんの姿を見ることになるなんて、思いもしなかった。
しかも彼女、妊娠するとあって、父さんよりも一回り以上は若い印象を受ける。
「篤子。無理をしないでくれ。大事な時期なんだ」
「あらごめんなさい。でも私なら大丈夫よ?ちゃんと娘さんにご挨拶しなくちゃ。異母とはいえ、この子のお姉さんになる方なんですもの」
そう言って父さんに添えられた腕に自身の手を重ねるその彼女は、美しく気品に満ちた女性ではあるものの、どこかミステリアスで真意の読み取れない、妖美さを感じさせる雰囲気のある人だった。
この人が、電話で言っていた“お相手”ってことだよね。
正直、ちょっと……いや、かなり意外だ。
第一印象はまさにそれだった。
なぜなら――
彼女はあまりにも、母さんとはタイプの異なる女性だったから。