エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
私の突然の叫びに、辺りを歩いていた通行人が、ちらりとこちらに視線を向けた。
それに焦ったのか、慌てて私に向き直して、さらに奥へと押しやる逢崎さんに、私も多少冷や汗をかく。
思った以上に声が出てしまうことって……あるよね。
で、でも!あそこまで言われて黙って逃げ帰るほど、私はプライドのない女じゃないのだ。
もうここはヤケだと、冷ややかな眼差しで私を見下ろす向かいの彼に、負けじと鋭い視線を返す。
「そういうの事実無根っていうんだけど。営業妨害で訴えようか?」
「ち、違う!見たもの。私、昨日――」
「昨日?」
「あなた、新宿の路地裏でキスしてたでしょ?――どこかの家の奥さんと、ふたりきりで」
180cmくらいはありそうな高い背丈から振り下ろされるそれは、155cmしかない私には刺激が強すぎて、言葉とは裏腹に心臓はドギマギと音を立てている。
会社を退職して外に出たときも、意地の悪い父さんの再婚相手と対峙したときも、こんなに波打つことなんてなかったのに。
絵に描いたような美形の持ち主の白眼視というのは、こうも全身に刺さるような烈しい感覚を覚えるのか。
「す、すっごい綺麗な若奥様って感じの!髪の毛つやつやでクルクルの美魔女の――」
「お前、マジで細胞レベルに知能低そうな頭してんな」
そこで私が追い打ちをかけるように言葉を切り出すと、呆れ顔で息を吐く逢崎さんが、心底他人を見下したような、光のない黒目を向けてそう言った。
「それで脅迫でもしてるつもりか?その証拠映像でも、証拠音声でも持ってんのかよ?ねぇよな?証拠がなければそれは事実とは言わねぇんだよ。どんな悪質犯罪も、証拠不十分なら釈放だろうが」
「ぐっ……」
「つーわけで、今のお前の言動は一方的な名誉毀損。立場がまずいのはそっちってワケ」
「……っ!そ、そもそも私は別にあなたを脅してるわけじゃなくて……!それにあなただって録音とかしてないでしょ?」
「いや?俺は常に小型のボイレコ忍ばせてるから問題ねぇけど?仕事柄必要なんだよな。たまにいるんだよ、こういう迷惑極まりない世間知らずの馬鹿がな」
嘘か本当か、真相のわからない口ぶりで、あっけらかんと余裕そうに嘯く彼に、やむなく口をつぐむ。
だけどそう、別に初めから脅迫するつもりなどなかったのだ。
ただちょっと、この嫌味なくらい綺麗な、人を食ったような横顔を、ほんのわずかでも歪ませてやれたらと、その一心で勢い任せに出た言葉だった。
なのに――
「――ま、でも。その意気だけは買ってやるか」
彼はそう小さな声で呟くように、ひとりでに言葉を漏らした。