エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠

◆算段-sandan-◆






「―――!」


やばい。やばいよ。本当にこれは……。


「か……っこいい……」

「心の声、ダダ漏れだけど」

「!!」


さっきあんなに声を大にして堂々と啖呵を切ったというのに情けない。

呆気なく、持っていかれそうになってしまった。


いやいや、ないない。アリエナイ。


「別にあなたのことかっこいいなんて思ってませんけど」

「思ってんじゃん、しかも声に出てたし」

「思ってない!ちょっとしか!」

「やっぱ思ってんじゃん」


時刻は昼下がりの14時半。

約束通り新宿駅からもほど近いカフェの一角で、ひとり甘さたっぷりのミルクティーを楽しんでいると、唐突に向かいの椅子がその人によって引かれて、ブラックコーヒーのカップを手にした彼がそこに掛ける。


テーブルから長い脚を出して組み、目を伏せてカップに口づけるその姿は、もはや映画のワンシーンのよう。

しかも、腹立たしいことに私服が。私服がかっこよすぎる。


スタイリッシュなチャコールグレーのチェスターコートの中には、チラ見せさせたシャツに重ねて黒ニットを合わせており、ダークカラーのボトムスからは、その洗練されたスタイルの良さが際立っている。

遊び心のあるキャンバスシューズでしっかりと抜け感を演出しているのもポイントが高い。


顔も良いくせにスタイルも抜群で、加えてファッションセンスも一流って、前世にどれだけ徳を積めば得られる恩恵なのだろうか。

それではあまりに世の男性たちが不憫でならなくて、もはや同情しかない。


天はニ物を与えないとかよく聞くけど、この男に限っては二物どころの騒ぎではないと思う。


「……世知辛いことだ」

「は?」

「いや、何でもない」


ひとり勝手に虚しくなって、1/3程度になったミルクティーの甘さで口内を満たして気分を変える。


「ま、いいけど。あと俺の名前、いい加減覚えてくんない?これから一つ屋根の下で暮らすことになる親愛なる彼氏様のことをいつまで“あなた”呼ばわりするつもりだよ」

「え?ああ……。それじゃ、逢崎さん」

「いや他人行儀すぎだろ。紫苑って呼べ」

「紫苑……」


なんだかあの悲劇の奥様が夜もすがらしきりに乞うていた彼の名前を、翌日にはこの私が呼ぶことになるなんて思いもしなかった。

正直変な感じがするけれど、それも仕方あるまい。


「じゃ、改めてよろしく、未來?」

「!あなた、私の名前覚えてたの?1回口頭で伝えただけなのに」

「当たり前じゃん。人の名前くらい一度聞けば勝手に頭に入る。それと“あなた”じゃなくて?」

「紫苑」


早速約束を反故にしかけた私は、慌ててその名前を再度口にして訂正する。


伊達に新宿エリアの統括マネージャーと店長代理なんて二重の大役を任されていないだけはあり、彼は一度しか伝えていない私の名前を、時間が経った後も涼しい顔でさらりと呼んだ。

それ自体は、ちょっとこそばゆいけど悪い気分じゃない。

私なんて10回聞いても顔と名前が一致しないことだってあるくらいなのに。(それはヤバイ)


さすがの対人スキルに感心しつつ、私はぬるくなっていたミルクティーの残りをそのまま一気に飲み干した。

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