エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
その後も私は、とうに空になっているカップを口元に寄せたまま、あたかもまだ飲み物を飲んでいる風を装って、さりげなく向かいのイケメンを覗き見る。
どれだけ念入りに観察しても、欠点という欠点がまるで見当たらない。
この天然の美肌ぶりから察するに、恐らくこの男には毛穴とか黒ずみとかシミとか、そういう肌トラブル全般の概念すらなさそうな感じがする。
いやもちろん、人知れず努力してのコレなのかもしれないけどさ!
そんな逢崎さん――じゃなくて、紫苑は、一度テーブルに自身のカップを置いて、おもむろにスマホを取り出したかと思えば、そのまま画面に目を移す――のをやめて、完全に油断していた私へとふいに視線を返した。
「……!」
「見過ぎ。違うか。見惚れすぎ」
「み、見てな……くはなかったけど!見惚れてはない!」
上手くカップで誤魔化していたつもりだったのに、どうやらその作戦はあっさりと見破られていたらしい。
恥ずかしさと妙な意地とがせめぎ合い、彼の追及から逃れるように、私は咄嗟に明後日の方向に目線を逸らした。
そんな私の相手をする気など毛頭ないらしい紫苑は、手に持っていたスマホに今度こそ目を落とし、「寮の最寄りどこ?」画面を操作しながら私に尋ねる。
「東中野ですけど」
「ふーん、ここから総武線で2駅か。近いな」
そう。社員寮自体は東中野の少し古いアパートを借りているんだけど。
ただなぜか、会社自体はハイクラスなオフィス街と名高い市ヶ谷にあって、あそこまで経営不振に陥っても尚、エリアを変えようとはしない謎のプライドか、上層部のこだわりか。
そこについては退職した今も依然としてよくわからない。
そういうわけで乗り換えついでに新宿を訪れることも稀にあったけど、とにかく人が多いから特別な用でもなければ街には下りないようにしていた。
それなのに、本当に妙な縁があったものだと、私は複雑な感情を抱きながら向かいのその人を見やった。
「あ、ちなみに寮って女子寮?」
「いえ、男性社員もいますよ。寮と言っても見かけは普通のアパートだし、ただ会社がそのうちの数部屋を借りているだけだから」
私の答えを聞いた紫苑は、予想していた通りの内容だったのか、満足そうにニヤリと口元を緩ませて、
「――よし。んじゃ今から俺、お前ん家行っていいよな?」
――とんでもないことを言ってきた。