エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
そのたった数メートル程度の道のりでも、
「ね、ねぇ!あの人めっちゃかっこよくない?」
「うわ、本当だ。芸能人……?モデルとか……?」
「どうする?声かけちゃう?」
「いやでもカップ2つあるよ。相手いそうじゃん~」
紫苑が返却口に食器を戻してUターンするまでの過程で、近くの席に座っていた女性二人組がひそひそとそんな噂話をするのが耳に入って。(ほら、地獄耳だから私)
あ、やばい、こっちに戻ってくる。
そう思ったときには、
「ほらー彼女連れじゃん」
「そりゃそうよね。あんなイケメンがフリーなわけないもん」
彼女たちは彼が合流した先で、顔が見えないように背中を丸める私を見て、それはそれは残念そうに声を上げていた。
なんか、すみません。ちなみに彼女じゃありません。なぜか成り行きで今後彼女役をする羽目にはなっちゃいましたけど。
心の中でそっとお詫びと訂正を済ませて、「行くぞ」仕事のカバンを手にした紫苑に黙って頷く。
「紫苑さん……じゃなくて、紫苑って本当にモテるんだね」
「……」
カフェを出て歩く道すがら、隣の彼に何気なくそう声をかけると、当の本人はこれといって何かを発するでもなく、ちらりと私を一瞥するにとどめてまた正面を向き直す。
――“こいつは何を今更わかりきったことを”
そんな風に思っているのだろうか。隣を歩く彼の横顔からはその真意は読み取れない。
「ねぇ、紫苑って――きゃっ」
私が再び声をかけようと口を開いたその瞬間、突然自分の体が前のめりになり、見れば紫苑の大きな左手に私の肩が抱き寄せられていた。
思わず頭一つ分背の高い彼を見上げると同時に、対向側からスマホに夢中になって歩いて来ていた男性が、すれ違い際、私の肩にぶつかりそうになっていたことに気が付いて。
「あ、ありが――」
「前見て歩け」
「ハイ」
そこで“君に怪我がなくて何よりさ!”なんて、漫画に出てくるような紳士的なセリフを吐いてくれるわけではないところがなんとも彼らしい。
それでもなんだかんだ、当たり前に自分が車道側を歩いているところとか、
脚長いから歩幅も大きいだろうに、私の歩くスピードにさりげなく合わせてくれているところとか、
そういう女性が嬉しい要所要所を着実に押さえてきてくれる辺り、紫苑がモテ街道まっしぐらの人生を歩んできたことは想像に難くない。