エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
「お、お邪魔します……」
小声ながらも挨拶をして、用意されたスリッパに履き替える。
「ひぃいいいい!!」
大きな鏡のある広々とした玄関から廊下に入り、その先に広がるのは都心の街並みが一望できる一面ガラス張りのリビングダイニングだ。
な、なんじゃこの部屋は!!!
本当に自分と同い年の年齢の人間が暮らしている部屋なのかと、何度見渡しても目を疑う。
せ、セレブすぎる……。
もしかして紫苑って、ご実家からして相当良いところのお坊ちゃんだとか……?
「なんだよ」
「本当に同じ29歳……?こんな、億ションに住める会社勤めの29歳って一体……」
「ここは別に給料だけで買ったわけじゃねぇよ。19の時に宝くじで300万当たったことがあって、それを元手に株とか仮想通貨とかの投資始めてそれなりに資金も持ってるから」
アウターを脱いでハンガーに掛けながら平然と答える紫苑に私は少しの間言葉を失った。
数秒遅れてようやく声が戻って来て、
「宝くじで300万!?」
自分の聞き間違いではなかったか、念のため問い直す。
「ああ。当時の先輩に運試しとか言われて年末に初めて買わされて。まさか当たるとは思わなかったけど」
初めて買った宝くじでソッコー300万の大当たりを引いちゃう強運さにもびっくりだけど、それを投資の軍資金にしちゃう肝っ玉にも驚きである。
この人やっぱり只者じゃない。
仕事もこなせて、物事を見通せる視野もあって、さらには運まで味方にできちゃうなんて。
抜群の容姿のみならず、それに引けを取らない実力と、勝負事をものにできる機運や気概も持ち合わせてる。
ああ、やっぱりどうかしてる。
神様、これはさすがに不平等だよ。
この世知辛い世の中で、今も必死に不遇に耐えて、なかなか上がらない安月給でどうにかやりくりして、たまの贅沢も我慢しながら質素に日々を食いつないで生きている人たち(まさに私)が大勢いるっていうのにさ。
本当、やりきれないよ。こういうのも含めて、才能なんだと思うけど。
「これ、お前持ってて。エントランスのセキュリティゲートのカードキー。これがねぇとあそこ通れねぇから」
「あ、ありがとう……」
そこで紫苑が暗証番号付きの貴重品入れから取り出してきたのは、先ほどのカードキーの予備だ。
私はゴールドに輝くそのカードを受けとり、失くさないように財布のカードポケットに差し込んだ。
「それと未來、こっち来て」
「えっ、うん」
モニターの大きな画期的なドアホンの元まで近づくと、紫苑は画面のボタンを操作して私へと振り向く。
「お前の指紋と顔登録しないといけないから。認証して」
「は、はい」
テキパキとやるべきことを片付けていく彼に言われるがまま生体認証登録を済ませていく。
無事に登録が終わり、この部屋の玄関ロックを自由に解錠する権限が私にも与えられ、なんだか妙な心地がした。
それが終わると、紫苑は自身のスマホを操作して、名前の漢字や生年月日などの情報を改めて私に確認し、それを片手で入力しながらクローゼットを開く。
動きやすそうなTシャツを1枚取り出し、私に背を向けたままそそくさと着替えを済ませた頃には、スマホを使った何かの登録作業も完了しているようだった。