エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
一通り用が済むと、今度はリビングの中心で「んー」と小さな唸り声を上げ始める紫苑に、私は近付いて声をかける。
「どうかしたの?」
「……そうだな」
考えがまとまったのか、私にその胸の内を明かすことなく勝手に自己完結してしまう彼は、
「あ、そうだ。これ、渡しておく」
結局私の問いかけに答えることもなく、テーブルの端に置いてある小物入れから付箋を1枚取り出して、さらさらと何かを書き記した。
それを私に「ん」そう言って手渡すと、続いてクローゼットから暖かそうなダウンジャケットを取って袖に腕を通す。
きれいめのチェスターコートもよく似合っていたけれど、カジュアルな装いのダウンジャケットもモデルさんのようにスタイリッシュに着こなしてしまう彼に、思わず私は苦笑した。
いやぁ、きっと服も嬉しいだろうね、ここまで恰好良く着こなしてもらえて。
服冥利に尽きる――なんて意味のわからない言葉すら思い浮かんでしまうほどだ。
とまぁそれは置いといて。
私はキャップを被る彼から目を離して、今受け取ったばかりの付箋のそれに視線を落とす。
0403S――
殴り書きにしては随分と綺麗で達筆な字で、そこには5桁で構成された数字とアルファベットの文字の羅列が記されていた。
「これは?」
「うちの玄関のパスコード。万が一何かの不具合で生体認証が不能になったときとか緊急時とか、ドアハンドル上部のカバー下にあるテンキー入力で解錠ができるようになってる。今すぐ記憶しろ。スマホのメモに入れるならメモ自体にもロックかけろよ」
なるほど、玄関ドアのパスコードか。
0403Sって、もしかして紫苑の誕生日――はさすがにないよね。一体何の番号なんだろう?
「わかった」
わざわざ確認するほどでもないし、別に良いんだけどね。
私はパスコードを頭に叩き込んでから、念のため暗証番号付きのメモアプリを起動してそれを記録した。