エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
私がスマホをカバンに戻すと、そんな私を横目に見つめた彼が再び背を向けてクローゼットの戸を開く。
そうして裏起毛の暖かそうなブルゾンを取り出すと、私に近付いて腕を伸ばした。
「?」
「コート、引っ越し作業で汚れるかもしれねぇし置いていけよ。俺の貸してやるから」
「えっ」
目を丸くした私に、「早く」有無を言わさぬ目力で催促する紫苑の圧に負けて、視線を逸らせないまま自分のアウターを彼に差し出す。
交換するように受け取った紫苑のブルゾンは、素材からして明らかに安物じゃなくて、キルティングの異素材を組み合わせたオシャレなデザインの余所行きアウターだった。
いやちょっと待って。下手したら私のコートよりも高そうなんですけど……。
「や、やっぱいいよ。そのコートの方が絶対安いし、別に多少汚れても私は……」
「夕方の冷え込む時間帯にこんなうっすいアウターで出歩かれて風邪ひかれると迷惑」
「う……」
た、確かにちょっと寒いなーとは思ってたけど!
そりゃ安物のコートなんてそんなもんですよ!!
庶民の味方と謡われるファストファッションの代名詞・ユニケロですら、今の私にとっては高級品なんだもん!
「わ、わかりましたよ。有難く拝借しますよ……」
「ああ。そろそろ出るぞ」
私は顔色を変えずに答える彼にこくりと頷いて、玄関へ向かうその背中を追った。
まさか今日勢い任せで決まってしまった居候先に、即日転居することになるなんて。
私はちらりと背後に目をやりリビングダイニングから広がる絶景を見て、ひとり固唾を呑んでから「おい」玄関ドアを開けて待っている紫苑のもとへ急いだ。