エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
「これ、お願いします」
再びコンシェルジュデスクに戻ってきた私と紫苑。
セキュリティゲートでかざしたカードキーを言われるままに彼に手渡し、その後ろで骨格の良い背中を眺めている間、当の紫苑はというと――
「先ほど居住者様の追加情報フォームをお送りくださりありがとうございました。こちらのカードキーに情報をセットいたしますね」
先ほども対応してくれたベテランのスタッフさんに対峙して、何やら事務手続きを進めているもよう。
スタッフさんは、私が預けたカードキーを紫苑から受け取ると、そのNoを手元のPCに入力して、その後もカタカタと文字を打っている。
「後ろのお客様が今回の新しい入居者様でしょうか?」
「はい」
「では一度お写真を撮らせていただきますので前へどうぞ」
紫苑に呼ばれて私がスタッフさんの前に出ると、慣れた手つきでタブレット端末を操作した彼女によって私の顔写真の撮影が開始される。
一瞬で処理を終えた仕事のできるスタッフさんのおかげで、数分と経たないうちに私のもとにカードキーが戻ってきた。
「カードキーは家主である逢崎様の他に、登録されたご本人様のみ使用可能となりますので、そちらのカードキーの使用権限者様を追加したい場合は改めてご申請をお願いいたします。現状は、日生様のみが使用可能となっております」
「は、はい。わかりました……」
どうやら先ほど紫苑がスマホを片手に操作していたのはこの申請フォームの登録のためだったらしい。
私がボーっとしている間に複数のタスクを並行して淡々と進めていけるこの有能ぶり。やはりこの男、侮れない。
「ご案内は以上となります。
本日夕方よりお引越し作業に入られる旨、逢崎様より伺っております。搬入出用の大型エレベーターをご使用いただけますので、また戻られた際はお声がけくださいませ」
最後に教科書通りの完璧なお辞儀を披露されて、緊張から顔を強張らせたままの私はペコリと小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。では」
にこりと微笑を浮かべて一礼し歩き出す紫苑の跡を小走りで追いかけて、私たちはマンションを後にした。