エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠


そんな、“突然未来を奪われた悲惨すぎる残念OL”のレッテルを顔にべったりと貼り付けられた私の名は――

日生未來(ひなせ みくる)。年齢は来年30を迎える29歳。アラサーだ。


未来なんてほとんど無いようなものなのに、そんな私の名前が、未來と書いてミクル。皮肉過ぎるこの現実に、乾いた笑いがこみ上げてくる。



5年前に契約社員として中途入社した私は、年度末が訪れる都度、来月こそはと正社員登用への期待を胸に、与えられた仕事をただ必死に、無我夢中でこなしてきた。


そうして今から凡そ半年前の6月初旬。

今、目の前で他人事のようにぽりぽりと頭を掻いて偉ぶっているこのポンコツ無能上司は、当時は気持ち悪いくらいに顔を綻ばせた状態で、業務を終えて会社を出ようとしていた私に、すれ違い際に声をかけ――


“日生さん、実はまだ秘密なんだけど、来年度あたり君を正社員に登用するかという話が出始めているよ”


まだ秘匿とされている検討段階の事項を、ベラベラと、しかも張本人に世間話のように告げてしまう時点で、この上司の無能さは知れていたが。


それでも、長年願い続けて、それだけを胸に続けていた仕事だ。その言葉は、私を何より歓喜させるには十分で、その日の夜は前祝いだなんて息巻いて、いつもは買わないちょっとお高めのステーキなんてのを焼いて食べたことを憶えてる。


思えば確かそれは、売上低迷の一途をたどるわが社が、その一手に希望を託して、大規模な方策を立て舵を切った、そんな時期だった。

が、結果それは大失敗。わが社は一層の打撃を受け、ついに残すは倒産か、そう社内に不穏な空気が流れ始めたのが、つい先日のことだった。



今度は、上場企業による自社事業の買収。

しかも、正社員であれば総員引き受けの用意まであるという。



そりゃあ、倒産間際、崖っぷちギリギリの瀬戸際企業からしてみれば、願ってもない話で、乗らない理由があるはずがない。


わかっている。そんなことは頭では理解できているけれど。

理屈じゃない。


まさかここにきて、これでも5年、“登用”という名の餌を視界にチラつかされて、踊らされるように真面目に精一杯従事し続けてきての結果が――クビ。



そんなの、あんまりじゃないか。

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