エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
その後結局、私はその決定を余儀なく受け入れる他、選択肢がなくて。
しかもその上、“クビ”という方法は会社的にとれないから、自主退職という名のもと、あくまで本人の意思により決定され、私は自ら進んで退職の道を選んだとされる扱いにまでなってしまった。
本当に何から何まで下劣で浅ましいことこの上ないなと、最終出勤日の今日、のうのうと椅子に腰掛ける上司を心の底から睨みつける。
しかし、そんな私に気付きすらしない上司の無頓着ぶりにも反吐が出そうになって、嫌になった私は彼からその目線を逸らした。
別に上司ひとりが悪いわけでもないのだけど、そうでもしないとやってられない。
「日生さん、今日で最後って聞いたけど……転居の件とか、大丈夫そう?」
「山江さん……。ご心配おかけしてすみません。転居についてはまあ……一応実家は都内にありますし、父がひとりで住んでますが、まだ部屋はあるはずなのでなんとか……」
入社当時に私の教育係として指名され、その任を離れた後も、恐らく社内でも一番お世話になっていたであろう同僚の山江さんは、言わずもがな、正社員だ。
当然、買収される企業への転籍対象に含まれているし、給料も上がり勤務体制も向上。
金ナシ職ナシお先真っ暗な私と違って、未来は明るい花形社員の一人だった。
「買収の件、実は1年前くらいにはもうそれとなく話が出ていたそうなのよね」
でも、当時のうちの社長が自身の打ち出した例の方策を計画、半年前に強行して、上手くいけば御の字だったけど結果大失敗に終わり、責任を取って社長は降任、ふた月前に新たに就任した新社長が今回の上場企業の上役の知り合いで上手く事が運んで――
そういう経緯で、どうにか窮地を脱するきっかけを生み出した新社長は、社内でもすごく有難がられているらしい。
所詮、契約社員止まりであった私程度では到底知り得なかった社内情勢を山江さんから教わり、そういうことだったのかと今になって納得する。