エリート狼営業マンの甘くてズルい魅惑の罠
いやいやいやいや。意味がわからない!
私はこみ上げてくるいくつもの感情を必死に抑えて、どうにか冷静さを取り繕った顔で答える。
「ちょっと待ってね、お父さん。聞き間違いじゃなければもう一度教えて欲しいんだけど、なんだって?妊娠?結婚?は?嘘でしょ?」
結局後半はこらえきれない感情が一気に溢れ出してしまい、私はとりあえず会社の敷地から離れようと足早に歩き出した。
そうして少し歩いた先にある脇道の隅で立ち止まり、会話に集中せんとして再び耳に意識を傾ける。
『だから、そう言っているだろう。それで、まあお前ももう成人しているわけだし必要ないかとも思ったんだが、彼女――奥さんとなる女性が、折角なら娘に会いたいというものでな』
「はぁ……」
もう何が何だかわからなくて、とりあえず「ソウデスカ」片言みたいな言い回しで適当にそう返してしまった。
自分がクビになった事実よりも、明日からの不透明な生活よりも、今はこの事態のほうが一大事な気がする。
そもそも私が知らなかっただけで、もう1年近くもの間、実家で暮らしていた女性がいたという事実にも驚きを隠せない。
なんなの?どういうことなの?
私が薄給を切り詰めて毎月欠かさずに仕送りしても、お礼のひとつも言ってきた試しのなかった父親が、蓋を開ければ知らない他所の女と暮らしていた現実を、私はどう受け止めればいいの?
言いようのない怒りが、戸惑いが、私の中を渦巻いて行く。
それに何より――
あんなに愛していた母さんを――他でもない父さん自身が、捨てるというの?