今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 興奮して窓をバンバン叩く拓也を諫めながら、瑞希はチャイルドシート越しに見える景色を目で追う。車は大きな屋敷が立ち並ぶ、閑静な住宅地の中を走っていく。どの家の門にも当たり前のようにセキュリティー会社名の入ったステッカーが貼られ、高さのある生垣でプライベートを完全に遮断している。

 ――すごい、いかにもな家ばっかり……。

 住宅地というよりは観光地を通り過ぎていく感覚。現実味のない光景を物珍し気に眺めていると、ひと際大きな門を構えた屋敷の前に車が停まった。運転席から鴨井がリモコンで操作すると、門扉は観音状にゆっくりと開く。
 開いた扉の奥に見えたのは、和と洋が絶妙に混ざり合った屋敷。横に長い平屋造りで、母屋と離れの二棟が長めの渡り廊下を挟み、手入れの行き届いた日本庭園をどちらからでも見渡せるように建っている。その景観を維持するのにどれくらいのお金が動いているのかを想像すると軽く眩暈がする。

「どうぞ、こちらへ」

 車を降り、秘書に案内されて庭園を横切って行くと、まるで旅館か何かのような木製の大きな玄関戸が現れた。施錠はされておらず、鴨井が手を添えると静かに横に開く。

「いらっしゃい」

 開いた戸の向こうには、上着を羽織らず少しラフなベスト姿の伸也の顔があった。手を伸ばしてマザーズバッグを受け取り、瑞希を中へと誘う。

「俺も一緒に迎えに行けなくて、ごめん。拓也は――鴨井さん、お願いできますか?」
「かしこまりました。拓也君、あっちでおじさんと遊んでくれるかな?」

 ブロックもテレビもあるよの言葉に、拓也は大きく頷いている。かと言って人見知りしていない訳ではなく、瑞希の脚から離れるのを躊躇っていた。

「ママも後で行くから、先に遊んでてね」

 ぎゅっと抱きしめてあげると少し安心したのか、秘書の手を取って別室へと歩いていった。不安そうに何度も振り返ってはいたが、泣いてはいないから大丈夫だろう。その後ろ姿を見送ると、瑞希は伸也の方を伺った。

「俺たちの状況を母に話したら、会いたいって言ってさ」
「伸也の、お母さん……」
「じいさんが死んでから、非常勤だけど復職してる。社内の状況は分かっているとは思う」

 付き合っている時に一度だけ会ったことのある伸也の母親。KAJIコーポレーションの先代社長の一人娘であるその人が、おそらくこの屋敷の今の所有者になっているのだろう。そして、認知も入籍も、しようと思うなら無視する訳にはいかない存在だ。
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