今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
隣の部屋を覗くと、拓也は鴨井の膝に座ってテレビを見せて貰っていた。幼児向けの番組ではなく、小学生の理科の番組だったが、小さな瞳を輝かせて食い入るように見ていた。
「ありがとうございます。拓也を連れてくるよう言われたので――」
「ブロックはすぐに飽きてしまわれまして、ついついテレビの力を借りておりました。では、私はお茶でも淹れさせていただきますね」
瑞希が拓也を抱いて受け取ると、鴨井も立ち上がって腰を伸ばす。血のつながらない幼児と二人きりは心身共に大変だったに違いない。
「きっと、大丈夫ですよ」
そう一言告げると、鴨井は穏やかに微笑んでから先に部屋を出、屋敷の奥へ消えていった。お茶を淹れると言っていたので、キッチンに向かったのだろうか。
鴨井は大丈夫だと言ってくれたが、拓也が嫌な思いをするようなら、迷わず帰ろう。望まれていないのに、無理してここに長居する必要はない。改めてそう心に決めると、瑞希は再び応接室のドアを叩いた。
ガチャリと開いたドアから姿を見せた伸也は先程よりさらに疲れたウンザリ顔だった。瑞希が居ない間も親子の言い合いは続いてたらしく、ソファーに腰掛けた百合子も腕を組んで苛々している。中に脚を踏み入れることすら躊躇ってしまうほど、部屋の空気が張り詰めていた。
「瑞希と拓也のことを今認めないなら、金輪際二人に会わすつもりは無いから」
「ええ、もちろん構わないわ」
不機嫌さ露わな百合子の前へと、子供を抱いたままの瑞希の腰に腕を回し、優しく促すようにして連れていく。
伸也達の険悪な空気を感じるのか、瑞希の胸にしがみつく拓也。それでも好奇心からか、そっと振り返ってソファーに座る初老の女を覗き見てみる。
ぷくぷくと肉付きの良い頬に、無邪気な丸い瞳。恐る恐るとこちらに視線を送ってくる、その幼な子の姿に、百合子は一瞬で目が離せなくなった。
どんなに大人になっても忘れる訳がない、幼少の頃の息子の顔。瑞希に似て少し癖のある髪なこと以外は、伸也に瓜二つのこの子は紛れもなく自分の孫だ。瞬時に己の過ちに気付いた。
「もうっ。こんなにソックリだったら何も言えないわよ。瑞希さん、失礼なことを言って、ごめんなさいね」
言い訳がましいことは口にせず、躊躇うことなく立ち上がり、深く頭を下げる。懸念していたことは全く間違いだったと分かった。
そして同時に、自分も出産と育児を経験したことがあるからこそ、それを誰にも頼らず一人でこなさなければならなかった瑞希の苦労は痛い程理解できる。
自分が欲を出して伸也に無理を強いたせいで、彼女から子の父親である息子を引き離してしまったのだ。父が興した会社を赤の他人に渡したくなかったばかりに――。
「調査報告書にも写真あっただろうが……」
「あんな小さな隠し撮りのじゃ、分からないわ」
恥ずかしそうにむくれている百合子の目から冷たさは消えている。愛おしそうに目尻を下げた祖母の表情になった実母を、伸也は呆れたように笑う。
部屋の空気が一変したタイミングを見計らっていたかのように、鴨井がドアを叩いてから入ってくる。湯気の立つ紅茶と、拓也用のジュースをソファーテーブルに並べていく。
最初から顔を見せてくれていたら、などと不満を口にするものの、目の前で伸也と瑞希の間に収まってソファーに座る孫の姿に気持ちが落ち着かない。
「で、今後のことなんだけど。俺としては一日も早く認知して、籍も入れて二人の生活を支えたいと思ってる」
「二人の為にもそれは必ずしなきゃいけないわ。でも、今は時期が悪いかもしれないわね」
社内外から注目を集めている今、伸也のスキャンダルは出来る限り避けたい。かと言って、瑞希達を放っておく訳にもいかない。
百合子はティーカップに手を伸ばし、紅茶を口に含む。
「状況を変えないと、何とも動けないわ」
「ありがとうございます。拓也を連れてくるよう言われたので――」
「ブロックはすぐに飽きてしまわれまして、ついついテレビの力を借りておりました。では、私はお茶でも淹れさせていただきますね」
瑞希が拓也を抱いて受け取ると、鴨井も立ち上がって腰を伸ばす。血のつながらない幼児と二人きりは心身共に大変だったに違いない。
「きっと、大丈夫ですよ」
そう一言告げると、鴨井は穏やかに微笑んでから先に部屋を出、屋敷の奥へ消えていった。お茶を淹れると言っていたので、キッチンに向かったのだろうか。
鴨井は大丈夫だと言ってくれたが、拓也が嫌な思いをするようなら、迷わず帰ろう。望まれていないのに、無理してここに長居する必要はない。改めてそう心に決めると、瑞希は再び応接室のドアを叩いた。
ガチャリと開いたドアから姿を見せた伸也は先程よりさらに疲れたウンザリ顔だった。瑞希が居ない間も親子の言い合いは続いてたらしく、ソファーに腰掛けた百合子も腕を組んで苛々している。中に脚を踏み入れることすら躊躇ってしまうほど、部屋の空気が張り詰めていた。
「瑞希と拓也のことを今認めないなら、金輪際二人に会わすつもりは無いから」
「ええ、もちろん構わないわ」
不機嫌さ露わな百合子の前へと、子供を抱いたままの瑞希の腰に腕を回し、優しく促すようにして連れていく。
伸也達の険悪な空気を感じるのか、瑞希の胸にしがみつく拓也。それでも好奇心からか、そっと振り返ってソファーに座る初老の女を覗き見てみる。
ぷくぷくと肉付きの良い頬に、無邪気な丸い瞳。恐る恐るとこちらに視線を送ってくる、その幼な子の姿に、百合子は一瞬で目が離せなくなった。
どんなに大人になっても忘れる訳がない、幼少の頃の息子の顔。瑞希に似て少し癖のある髪なこと以外は、伸也に瓜二つのこの子は紛れもなく自分の孫だ。瞬時に己の過ちに気付いた。
「もうっ。こんなにソックリだったら何も言えないわよ。瑞希さん、失礼なことを言って、ごめんなさいね」
言い訳がましいことは口にせず、躊躇うことなく立ち上がり、深く頭を下げる。懸念していたことは全く間違いだったと分かった。
そして同時に、自分も出産と育児を経験したことがあるからこそ、それを誰にも頼らず一人でこなさなければならなかった瑞希の苦労は痛い程理解できる。
自分が欲を出して伸也に無理を強いたせいで、彼女から子の父親である息子を引き離してしまったのだ。父が興した会社を赤の他人に渡したくなかったばかりに――。
「調査報告書にも写真あっただろうが……」
「あんな小さな隠し撮りのじゃ、分からないわ」
恥ずかしそうにむくれている百合子の目から冷たさは消えている。愛おしそうに目尻を下げた祖母の表情になった実母を、伸也は呆れたように笑う。
部屋の空気が一変したタイミングを見計らっていたかのように、鴨井がドアを叩いてから入ってくる。湯気の立つ紅茶と、拓也用のジュースをソファーテーブルに並べていく。
最初から顔を見せてくれていたら、などと不満を口にするものの、目の前で伸也と瑞希の間に収まってソファーに座る孫の姿に気持ちが落ち着かない。
「で、今後のことなんだけど。俺としては一日も早く認知して、籍も入れて二人の生活を支えたいと思ってる」
「二人の為にもそれは必ずしなきゃいけないわ。でも、今は時期が悪いかもしれないわね」
社内外から注目を集めている今、伸也のスキャンダルは出来る限り避けたい。かと言って、瑞希達を放っておく訳にもいかない。
百合子はティーカップに手を伸ばし、紅茶を口に含む。
「状況を変えないと、何とも動けないわ」