今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
「ふふふ、伸也は寝てる時はいつも口をぽかんって開けてたけど、この子はお行儀がいいわね。そこは瑞希さんの方に似たのかしら」

 全てが伸也の子供の頃のままという訳ではない、ちょっとした違いが不思議だった。これが孫というものなのかと、百合子は眠る拓也の顔を覗いた。

「会社のことしか頭に無かったせいで、生まれたばかりの初孫の顔が見られなかったなんて、自分自身が情けないわ」
「写真なら、少しですけど……」

 立ち上がれない瑞希に代わって伸也にマザーズバッグの外ポケットからスマホを取り出して貰うと、写真のフォルダから産後すぐの拓也を探して百合子に見せる。
 黙って写真を順に確認していく百合子の目が潤んでいるように見えたのは、決して照明の加減なんかではない。

「この部屋にプリンターは無かったかしら?」
「ございます。wifiの設定いただければ、すぐ印刷もしていただけます」
「少しでいいから、印刷してもらえる? 帰って主人にも見せたいわ」

 秘書から渡されたパスワードのメモを見ながらwifiを有効にすると、瑞希は伸也と相談しながら拓也が可愛く写っている物を中心に5枚ほど選ぶ。すぐに壁面の棚に置かれたインクジェットプリンターが静かに動き出す。印刷を終えた写真を秘書から受け取ると、百合子はほうっと溜息をついた。

「可愛いわね……」

 この可愛い孫とその母親に、本来はさせなくても良い苦労を強いた罪は深い。それは相沢の両親も同罪だ。互いに後悔しあう未来が来ることを願うばかりだ。

 眠り続ける拓也をそのままチャイルドシートに座らせると、秘書の運転する車の後部座席に伸也と並んで乗り込んだ。屋敷を出る前に改めて百合子から頭を下げられたことで、瑞希はわだかまりを覚えずに済んだ気がした。かつてはKAJIの女帝とも呼ばれたという彼女に非を認めて貰えた事の重大さくらいは分かっている。
 来た時の敵意に満ちた瞳の色は消え失せ、今は優しい祖母の微笑みを浮かべて、車が門を出て行くのを見送ってくれていた。

 一度アパートに戻ってもらい、記入済みの認知届けを取って来て、鴨井の運転する車は瑞希達を乗せてそのまま市役所へと向かった。勿論、拓也の父親の欄に伸也の名を追加して貰う為だが、戸籍という公的な物で三人が初めて繋がりを持った瞬間に、じんと胸が熱くなるのを感じた。

「これで、拓也にもパパって名乗っていいんだよね?」
「もしかして、気にしてた?」
「まぁ、ちょっとね……」

 認知と同様に駅前マンションへの引っ越しも急ぐように指示されたが、そちらの方は保育園の転園手続きが先だ。ついでに市役所の保育課で手続きはしてきたが、転園の決定通知が来るのを待つ必要がある。世間に発覚した時に今の部屋では、KAJIコーポレーションのCEOの子供の住居として相応しくない、無責任な父親だと非難される可能性すらある、というのが百合子の意見だった。
< 33 / 88 >

この作品をシェア

pagetop