今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
すぐに運ばれてきた飲み物をそれぞれの前に置き終えると、鴨井が膝を付いて父に向かって名刺を差し出して丁寧に名乗り始める。
「先代の社長に引き続き、こちらの安達社長の就任以降も秘書をさせていただいております」
「はぁ、ご丁寧にどうも……」
受け取った名刺をぎこちない手付きで胸ポケットにしまった父は、こちらの出方を待っているようだった。完全に鴨井に主導権を握られているようにしか見えない。否、慣れないホテルの一室で気後れして、落ち着かないだけかもしれない。流れるように話し始める秘書のことを黙って見ているだけだった。
「本日、お二人をお呼び立ていたしましたのは、当社の社長である安達からの、拓也君の認知が完了したご報告と――」
「え?」
「瑞希の子供が、KAJIの社長の?」
ご存じでなかったのですか? と鴨井に確認され、二人揃って首を横に振る。瑞希が何度否定しても、行方知れずの行きずりの男との子だと完全に決めつけていた。まともに交際していた相手なら、妊娠後に行方をくらますようなことはあるはずがない、と。
今日だってKAJIコーポレーションの社長秘書から、瑞希のことで話をしたいと連絡を受けただけで、その内容は検討もつかなかった。素行の悪い娘が何をしでかしたのかと、万が一不利になる話なら絶縁した事実を突きつけるつもりでいた。
何か言いたげな両親からの視線を感じはしたが、瑞希は頑なに横を向いて拓也の相手をし続ける。今更何を言われても、もう元の親子関係には戻ることはない。
「ゆくゆくは安達との婚姻をという話になるところなのですが、ご実家から離縁された状態では――」
「祖父母との養子縁組を解消して、籍を元に戻せということでしょうか?」
「そうです。CEOという立場から、社内外的なことを踏まえて、瑞希さんには渡米前からの婚約者という体を取っていただきたいのですが、妊娠を機に実家から離籍されたとなれば印象がかなり違ってしまいます」
私生児の母となって家を追い出した娘が、これ以上ない玉の輿に乗りかけている。驚きのあまり、母は口元に両手を添えたまま動かない。思いがけず降って現れた大きな縁への喜びか、それとも自分達の浅はかな行いへの反省か、瑞希にはその真意を探る気は湧かなかった。
「すでに祖父母様からは離縁届にご署名は頂いております。ご両親には、こちらを提出する許可と証人欄のご署名をお願いしたいと考えております」
「はぁ……」
差し出されたボールペンを受け取った父が、養子離縁届に躊躇いながらも自分の名を記していた。ベテラン秘書による流れるような説明も、まだ頭が追いついていかない、そんな風だったが抗う様子はまるでない。父が書き終わった後、母も少し震えた手でボールペンを取る。二人の名が証人欄に並んだ書類を確認すると、鴨井はそれを伸也へと手渡した。
「確かに。では、我々はこれで」
書類にさっと目を通した伸也は、それを鴨井に戻してから立ち上がる。瑞希も慌てて拓也の玩具をバッグに片付けて立つと、伸也の後を追った。
「えっ、あの……」
深々とお辞儀をしてから二人の背を追う鴨井にも、呆気に取られた父の声は聞こえていたが、誰一人として振り返ることはなかった。一度切られた縁は、そう易々とは戻らない。
「先代の社長に引き続き、こちらの安達社長の就任以降も秘書をさせていただいております」
「はぁ、ご丁寧にどうも……」
受け取った名刺をぎこちない手付きで胸ポケットにしまった父は、こちらの出方を待っているようだった。完全に鴨井に主導権を握られているようにしか見えない。否、慣れないホテルの一室で気後れして、落ち着かないだけかもしれない。流れるように話し始める秘書のことを黙って見ているだけだった。
「本日、お二人をお呼び立ていたしましたのは、当社の社長である安達からの、拓也君の認知が完了したご報告と――」
「え?」
「瑞希の子供が、KAJIの社長の?」
ご存じでなかったのですか? と鴨井に確認され、二人揃って首を横に振る。瑞希が何度否定しても、行方知れずの行きずりの男との子だと完全に決めつけていた。まともに交際していた相手なら、妊娠後に行方をくらますようなことはあるはずがない、と。
今日だってKAJIコーポレーションの社長秘書から、瑞希のことで話をしたいと連絡を受けただけで、その内容は検討もつかなかった。素行の悪い娘が何をしでかしたのかと、万が一不利になる話なら絶縁した事実を突きつけるつもりでいた。
何か言いたげな両親からの視線を感じはしたが、瑞希は頑なに横を向いて拓也の相手をし続ける。今更何を言われても、もう元の親子関係には戻ることはない。
「ゆくゆくは安達との婚姻をという話になるところなのですが、ご実家から離縁された状態では――」
「祖父母との養子縁組を解消して、籍を元に戻せということでしょうか?」
「そうです。CEOという立場から、社内外的なことを踏まえて、瑞希さんには渡米前からの婚約者という体を取っていただきたいのですが、妊娠を機に実家から離籍されたとなれば印象がかなり違ってしまいます」
私生児の母となって家を追い出した娘が、これ以上ない玉の輿に乗りかけている。驚きのあまり、母は口元に両手を添えたまま動かない。思いがけず降って現れた大きな縁への喜びか、それとも自分達の浅はかな行いへの反省か、瑞希にはその真意を探る気は湧かなかった。
「すでに祖父母様からは離縁届にご署名は頂いております。ご両親には、こちらを提出する許可と証人欄のご署名をお願いしたいと考えております」
「はぁ……」
差し出されたボールペンを受け取った父が、養子離縁届に躊躇いながらも自分の名を記していた。ベテラン秘書による流れるような説明も、まだ頭が追いついていかない、そんな風だったが抗う様子はまるでない。父が書き終わった後、母も少し震えた手でボールペンを取る。二人の名が証人欄に並んだ書類を確認すると、鴨井はそれを伸也へと手渡した。
「確かに。では、我々はこれで」
書類にさっと目を通した伸也は、それを鴨井に戻してから立ち上がる。瑞希も慌てて拓也の玩具をバッグに片付けて立つと、伸也の後を追った。
「えっ、あの……」
深々とお辞儀をしてから二人の背を追う鴨井にも、呆気に取られた父の声は聞こえていたが、誰一人として振り返ることはなかった。一度切られた縁は、そう易々とは戻らない。