今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
「ベビーシッター……」
「多分、うちの親なら喜んで預かってくれそうだけど、それよりは気楽だろ?」
「ん、まぁ、確かにそうなんだけど」

 養子縁組を解消して相沢の姓に戻りはしたが、自分の実家とは相変わらず疎遠なままだ。勿論、あの親に拓也を預ける気は元から無いけれど。
 反対に、初孫を大歓迎してくれている伸也の実家なら、万が一の時に拓也のことで頼ったら率先して助けてくれそうではある。でも、まだ二人は入籍していない状態だし、簡単に甘えられるほど瑞希は図太くはない。

「ベビーシッターなんて、私には縁が無いと思ってたから……」
「俺、KAJIコーポレーションの社長兼CEOだよ? 拓也は俺の息子だし、瑞希は俺の婚約者。ベビーシッターどころか家政婦だっていてもおかしくない」

 給与明細を見せてあげたいくらいだよ。と戯けたように言ってから、伸也は瑞希の腕を引き寄せる。そして、抱き締めた瑞希の耳元で優しく懇願する。

「今まで離れてた分、これからは少しでも近くに居て欲しい」

 すぐ同居という訳にはいかないが、今よりも手の届き易いところに居て欲しい。その優しく切ない願いを叶える為に、瑞希はクローゼットの引き出しから予備の鍵を探すと、それを伸也に差し出した。入居時に渡されたもう一つの鍵は、これまで一度も引き出しから出すことは無かった。それがこんな形で使うことになるとは、あの頃の自分には想像も出来ないだろう。

「じゃあ、急ぎで手配するね。ベビーシッターも早めに来て貰えるところを探しておくよ」
「ありがとう。伸也の負担になるようだったら、ちゃんと言って」

 苗字が旧姓に戻ったことを職場にはまだ報告していない。急に住所まで変わるとなるといろいろ誤解を招きそうだなと、軽く頭痛を覚える。

「あ、そうだ。今日、経理の川口さんが来られた時に、伸也がお見合いしたって社内で噂になってるって言ってた」
「あー、急に母の態度が変わったから、常務側が先にデマを流しに来たのかも。今、鴨井さんが出所を探ってくれてる」

 大丈夫だから、と伸也は胡座をかいた太腿をぽんぽんと叩いてから両腕を広げてみせた。照れたように少しばかりはにかんだ笑顔で、瑞希に向かって声を掛ける。

「おいで」

 渡米する前の交際中、辛いことがあったりするとよくやってくれたように、伸也は瑞希を膝に座らせると後ろからぎゅっと抱き締めた。大丈夫だからと何度も耳元に囁きかけながら、瑞希が平気になるまでずっと。

「拓也もおいで」

 呼ばれてヨチヨチ寄って来た拓也を瑞希の上に座らせて、伸也は二人の身体にまとめて腕を回す。三人が重なって座る状況が面白いのか、拓也の笑い声が部屋中に響き渡る。
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