今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜

20.

 拓也の知恵熱のような発熱も治まったようなので、翌日の休みはのんびりと荷物の整理に費やしていた。床にたくさんの物を広げていく瑞希の横で、クローゼットの奥から出て来た赤ちゃん用の玩具を見つけると、拓也は興味津々でボタンを押して、流れるオルゴールの音に合わせて手を叩いている。

 スーツケース1個だけを持って実家を出てから、随分と荷物が増えた。あの頃はまだお腹の中に居て、モノクロのエコー写真でしか存在を確認できなかった拓也も、もう少しで2才の誕生日を迎えようとしている。まだまだお喋りは少ないが、動作や表情でいろんなことを伝えられるようになってきた。

 仕事上のコネでも使ったのか、伸也から引っ越し業者の手配ができたというメールが朝一で届いていた。お任せフルパックとかいうやつで、荷造りから荷解きまで全てやって貰え、伸也に預けた合鍵を使って瑞希の仕事中に全てを終わらせてくれるらしい。

 ――一体、いくらかかるの、それ……。絶対、高いし。

 気になってネットで検索してみて、その料金に心臓が止まりそうになった。その金額を出すなら、荷物は全部捨てていって、手ぶらで引っ越した方がマシなんじゃないかと思ったくらいだ。
 そんな贅沢なサービスをこのボロアパートの住人が使っていいものかと正直言って躊躇う。引っ越し前後の部屋のギャップが凄くて、依頼された側も反応に困ることだろう。

 大事な物や見られたくない物は自力で持ち運んだ方が良いみたいだが、通帳や保険証といった貴重品以外には大した物はない。それらを普段使いの鞄に除けて、後は持って行く予定の無いものをまとめてゴミ袋に放り込んでいく。廃棄物の処分も引っ越し業者が請け負ってくれるらしく、邪魔にならないようにまとめてベランダに積み上げておく。不要な物なんて何もないと思っていたけれど、意外とあったことに驚いた。その大半は拓也の月齢に合わない服や玩具だったけれど。

 引っ越し先の家具家電を使うことを考え、持って行かない家電の引き取り先をスマホで検索する。即日買い取りに来てくれるリサイクルショップを見つけて連絡し、夕方に約束を取り付けた。

 元から何もない部屋だったので、作業はあっという間に終わってしまった。急な退去の連絡に家主も驚いてはいたが、翌月分の家賃は引き落とし済だったので、それが最後ということになった。「鍵は不動産屋さんに返しておいて」と、出て行く時の手続きは呆気ない。

 ――明日の朝はこのアパートを出て、駅前のマンションに帰るんだ。疲れてぼーっとしてたら間違えてここに戻って来てしまいそうだし、注意しないと……。

 片付けのメドが立つと、少し早めに夕食の支度に取り掛かった。洗濯機と一緒に冷蔵庫もリサイクルショップに買い取って貰うつもりなので、中に入ってる食材を無理して使い切ろうとしたら、何だか具沢山過ぎるスープが出来上がった。

 無理矢理に空にした冷蔵庫の中を拭いていると、玄関のチャイムが鳴る。キッチン横の窓から覗くと、約束の時間より20分ほど早かったが、アパートの前にはリサイクルショップの軽トラが停まっているのが見えた。

「宇野リサイクルです。家電の査定に伺いましたー」

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