今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
あっと言う間に持って来た紙袋が空になり、瑞希はホクホク顔で店に戻った。ティッシュ付きなら楽勝、と残りのチラシをバイト君と詰める作業に没頭していたところ、カウンターで恵美が対応しているカップル客から名前を呼ばれた気がして振り向いた。
「瑞希?」
「え、瑞希って、相沢?」
カウンターの向こうに座る客が、二人揃ってこちらの方を向いていた。瑞希はどちらのことも知っている。高校の同級生の江崎由依と伊藤圭吾だ。確か、サッカー部のキャプテンとマネージャーで高校の時から付き合っていたはず。特別親しかった訳ではないが、フルネームですぐに思い出せるくらいには覚えている。
「相沢ってどういうこと?」と無言で説明を求める恵美の視線へ「後で話す」とこちらも視線で返す。空気を読んで余計な口を挟んでこないところが、恵美の出来たところだ。
「久しぶり」
「ここで働いてたんだね、沙月達が連絡が取れなくなったって心配してたよ」
「ああ、うん。いろいろあってね……二人は今日は?」
恵美が受けている途中の契約書をチラリと覗き見して、姓名&住所変更と家族割引の新規加入だと知る。この二つの書類があるということは、つまりそういうこと。
「おめでとう。結婚したんだね」
「ありがとう。そう言えば、瑞希は子供がいるって聞いたけど」
お祝いの言葉へ照れたように笑いながら、由依が瑞希の名札を見ながら言う。田上の苗字は二人には見慣れないから、きっと結婚して変わったとでも思ったのだろう。
「うん、もうすぐ2才の男の子がいるよ。――ごめんね、手続きの邪魔しちゃって」
精一杯の自然さを装って、瑞希はバイト君の元へと逃げるように戻った。一人にしている間もせっせとチラシのセットを作り続けてくれたようで、バイト君の周りにはチラシ入りティッシュの山が出来ていた。それを一緒に紙袋に詰め込んでいると、手続きを終えた恵美が眉を寄せて難しい顔をしながら寄ってきて、ガシッと瑞希の右腕を掴んでくる。
「暇だし、休憩行こうか」
店長のOKは貰ってあるから、と半ば引きずるように連れて行かれた社員食堂で、恵美はメロンパンを片手に瑞希をじっと見ていた。話辛いことでもあるのだろうと気を利かせてくれたのか、隅っこのテーブルを選んでくれたのも恵美の気遣いだろう。持ち込んだ手作りオニギリのラップを剥がしている瑞希へ向かって声を潜めた。
「今日はオニギリだけ? 珍しいね。 ――言いたくないなら、別に無理しなくていいから」
「ううん、話すし聞いてくれる? ただ、どこから話したらいいのか……」
恵美のことは信頼しているけれど、伸也の会社の人と接する機会が無いという訳でもない。伸也に迷惑がかからないよう、言葉と話題を選びながら説明し始める。今話せるのは祖父母に養子縁組していたことと、それを先日に解消したこと、そして今日から引っ越して住所が変わったことくらいだろうか。
「そっか、なかなかややこしいね。ここでは田上さんのままで通すの?」
「うん、健保とかの関係もあるから経理の花井さんにはメールで報告済みだけど、店長にはしばらくは田上でって伝えてある」
瑞希としては元の相沢の方が馴染みはあるが、今日のように昔の知り合いと会うことを考えたら、苗字が違っていた方が都合が良いこともある。
「そうだね、その内に今度は安達に変わりましたって言ってくるだろうし、今はそのままでいいんじゃない」
恵美から冷やかすように言われて、早くそうなればいいなと思っている自分がいることに気付き、瑞希は少しばかりドキっとした。子供の為ではなく、自分が伸也と一緒に居たいと思っていることにようやく気が付いた。
「瑞希?」
「え、瑞希って、相沢?」
カウンターの向こうに座る客が、二人揃ってこちらの方を向いていた。瑞希はどちらのことも知っている。高校の同級生の江崎由依と伊藤圭吾だ。確か、サッカー部のキャプテンとマネージャーで高校の時から付き合っていたはず。特別親しかった訳ではないが、フルネームですぐに思い出せるくらいには覚えている。
「相沢ってどういうこと?」と無言で説明を求める恵美の視線へ「後で話す」とこちらも視線で返す。空気を読んで余計な口を挟んでこないところが、恵美の出来たところだ。
「久しぶり」
「ここで働いてたんだね、沙月達が連絡が取れなくなったって心配してたよ」
「ああ、うん。いろいろあってね……二人は今日は?」
恵美が受けている途中の契約書をチラリと覗き見して、姓名&住所変更と家族割引の新規加入だと知る。この二つの書類があるということは、つまりそういうこと。
「おめでとう。結婚したんだね」
「ありがとう。そう言えば、瑞希は子供がいるって聞いたけど」
お祝いの言葉へ照れたように笑いながら、由依が瑞希の名札を見ながら言う。田上の苗字は二人には見慣れないから、きっと結婚して変わったとでも思ったのだろう。
「うん、もうすぐ2才の男の子がいるよ。――ごめんね、手続きの邪魔しちゃって」
精一杯の自然さを装って、瑞希はバイト君の元へと逃げるように戻った。一人にしている間もせっせとチラシのセットを作り続けてくれたようで、バイト君の周りにはチラシ入りティッシュの山が出来ていた。それを一緒に紙袋に詰め込んでいると、手続きを終えた恵美が眉を寄せて難しい顔をしながら寄ってきて、ガシッと瑞希の右腕を掴んでくる。
「暇だし、休憩行こうか」
店長のOKは貰ってあるから、と半ば引きずるように連れて行かれた社員食堂で、恵美はメロンパンを片手に瑞希をじっと見ていた。話辛いことでもあるのだろうと気を利かせてくれたのか、隅っこのテーブルを選んでくれたのも恵美の気遣いだろう。持ち込んだ手作りオニギリのラップを剥がしている瑞希へ向かって声を潜めた。
「今日はオニギリだけ? 珍しいね。 ――言いたくないなら、別に無理しなくていいから」
「ううん、話すし聞いてくれる? ただ、どこから話したらいいのか……」
恵美のことは信頼しているけれど、伸也の会社の人と接する機会が無いという訳でもない。伸也に迷惑がかからないよう、言葉と話題を選びながら説明し始める。今話せるのは祖父母に養子縁組していたことと、それを先日に解消したこと、そして今日から引っ越して住所が変わったことくらいだろうか。
「そっか、なかなかややこしいね。ここでは田上さんのままで通すの?」
「うん、健保とかの関係もあるから経理の花井さんにはメールで報告済みだけど、店長にはしばらくは田上でって伝えてある」
瑞希としては元の相沢の方が馴染みはあるが、今日のように昔の知り合いと会うことを考えたら、苗字が違っていた方が都合が良いこともある。
「そうだね、その内に今度は安達に変わりましたって言ってくるだろうし、今はそのままでいいんじゃない」
恵美から冷やかすように言われて、早くそうなればいいなと思っている自分がいることに気付き、瑞希は少しばかりドキっとした。子供の為ではなく、自分が伸也と一緒に居たいと思っていることにようやく気が付いた。