今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 先に伸也からメールで確認しておいた指定場所に自転車を停めると、荷物と子供を抱えてエントランスへと向かう。以前に訪れた時は昼間だったので気付かなかったが、ライトアップされた植木やエントランスの照明などを珍し気に眺めながら、改めてボロアパートとのギャップを感じる。急に湧き上がってきた場違い感を、大丈夫と首を振って追い払った。

 ――貧乏性がすっかり身に付いちゃってるわ……。

 鍵をかざしてオートロックを解除し、うろ覚えなままエレベーターに乗り込む。6階にある605号室に辿り着くと、そのドアに鍵を差し込んでから瑞希は首を傾げた。最新のマンションの鍵って、こんなにも手応えが無いものなんだろうか?

「もしかして……鍵、開いてる?」

 部屋を間違えた訳ではないと思うので、引っ越し業者が閉め忘れていったのだろうかと心配になり、恐る恐るドアに手を伸ばしたが、先にガチャリと中から開いた。

「おかえりー」

 声と共に、笑顔の伸也が出迎える。そして、瑞希が抱えていた荷物をさりげなく受け取ってくれる。

「ごめん。もう帰ってると思って来たら、まだだったから勝手に入ってた」
「今日は終わるの遅かったからね。別にいいよ、伸也の家なんだし」

 明日から来て貰うベビーシッターとの打ち合わせもあって駆け付けて来た伸也は、再会してから初めて見る私服姿だった。以前ならスーツ姿の方が珍しかったのに、今では仕事途中の恰好の方が見慣れてしまっている。

 アクセサリーも付けない、シンプルな普段着。こだわりがないように見えて、実は色や形の注文が細かいのを瑞希は知っている。見たところ、以前と好きなショップは変わっていないようで、スーツ姿よりも瑞希のよく知ってる伸也のままでホッとした。

 彼の後に付いて子供を抱っこしたまま中に入った瑞希は、以前に来た時よりも生活感の生まれた部屋の様子を珍しそうに見て回った。

「すごいね、クローゼットの中とか、前の部屋のを再現してくれてるし」
「そうなんだ。いけそう?」
「うん、元々そんなに物が無かったから、平気だと思う」

 荷造りも荷解きも全てお任せしたせいで、どこに何があるのかいろいろと行方不明になる覚悟はしていた。でも、和室の押し入れにという大雑把な指示しかしていなかったのに、瑞希が収納していたままの状態で運ばれてきている。
 その他の特に指示の無かった物の置き場は細かいリストが残されていて、それを見るとボロアパートで使っていたテーブルは折り畳まれた状態で主寝室のクローゼットの中にしまわれているらしい。ダイニングテーブルもソファーテーブルも備え付けられているここでは出番が無いみたいだ。

 リビングの隣合わせになった和室に、子供布団を敷いてから拓也を寝かす。主寝室にはダブルベッドもあったが、拓也が落ちてしまう心配があるので当面は和室に布団を敷いて寝ることになりそうだ。

「はぁ……お腹空いた。ご飯はもう食べた?」
「あ、さっき適当に買って来たのがあるから、温めるよ」

 無事にマンションへ辿り着いた安心感からか、瑞希のお腹の虫が思い出したように騒ぎ始める。
 駅前に24時間営業のスーパーがあったので、何か食材を買ってこようかと考えていたら、先に伸也が買って冷蔵庫に入れていた総菜類をレンジで温め出す。その駅前のスーパーで買ったらしく、デパ地下総菜よりも家庭的な物が多いみたいだ。
< 47 / 90 >

この作品をシェア

pagetop