今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 寝ぼけながらモソモソと布団の上で動いていた拓也は、目を開いて見慣れない天井をじっと見つめてから、首を動かして部屋の様子を確認している。すぐに泣かないところを見ると、寝起きでよく分かっていないようだ。不安がらせてはいけないと、瑞希は慌てて駆け寄ってから、拓也の顔を覗き込む。

「おはよう。よく寝てたね。新しいお家に来てるんだよ」
「マーマ……」

 今にも泣きそうな顔で起き上がり、瑞希の胸にしがみつく。とんとんと優しいリズムで背を叩かれている内に落ち着いたのか、母の肩越しに周りを見回す。
 最近よく見る顔と、知らない顔がソファーから穏やかな笑顔でこちらを見ている。

「拓也君、こんばんは。明日からママがお仕事の時間に、おばちゃんと一緒に遊んでくれるかな?」

 瑞希に抱っこされてソファーの伸也の隣に座った拓也に、ベビーシッターが優しく声をかける。にこにこと微笑む表情も、先程までの大人相手よりも一段と大きい。子供相手のゆっくりしたトーンの話し方が、まさに保育園の先生を思わせる。

 普段の拓也の生活リズムや好きな遊び、発育などについての確認を終えると、小澤祥子は雇用契約書に必要事項を記載したものを伸也に渡して帰って行った。

「鴨井さんの知り合いらしいから、安心していいよ」

 自分達の状況を理解していて、万が一に会社の人と接触することがあっても上手くかわしてくれるはずだという。確かにこのマンション内には他にも会社が買い上げた部屋がいくつかあり、玄関を出れば関係者と顔を会わす確率は高い。

「そっか、良かった。私と拓也の荷物しかないから、小澤さんに不審がられてるかもって心配してたとこだった」

 人見知りはしていたけれど怖がっていないようなので、拓也もきっと大丈夫だろう。良い人が来てくれたかもと、敏腕秘書の顔の広さに感謝する。

「拓也、結構汗かいちゃってるね。ご飯食べる前にお風呂かな?」

 抱っこしながら子供の首後ろを触ると、Tシャツの襟はグッショリと濡れている。この季節は起きる度に着替えさせないと、すぐ汗疹が出てしまうから大変だ。

「お風呂なら、俺でもいけるかな? 歳の離れた親戚の子を入れたことは、一応ある」
「もしかしたら泣くかもだけど、準備するね」

 伸也がコンビニに下着の替えを買いに行っている内に、お風呂に湯を溜めて、玩具の中から水遊びでも使える物を運び入れておく。

 戻ってきた伸也に裸ん坊の息子を託し、瑞希はタオルを持って脱衣所で待機していた。初めはグズっていた拓也も、湯船に浮かぶ玩具に釣られて浴室へ入ると、しばらく後には父子の賑やかな声が響いてくる。

 洗い終わった拓也を脱衣所で引き取る際、不意に伸也の裸体が目に入ってきて、瑞希はドキッとした。今更恥ずかしがるのもおかしいとは思うが、この2年間は子供以外の裸なんて見る機会はなかったのだから。
< 49 / 88 >

この作品をシェア

pagetop