今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 車種はさっぱり分からないが、保育園の駐車場にはあまり似つかわしくはない。隅に停めてある保育士の軽自動車がかなり小さく見えてしまう。園長先生の知り合いか何かかと、それ以上は気にも留めず、瑞希が拓也を自転車に乗せようと抱っこした時、その白い車の後部座席のドアが開いた。

 思わず興味本位で振り返って、外灯で逆光になって現れたそのシルエットに、瑞希は息を飲んだ。

「……どうして」

 駐輪場に向かってゆっくりと歩を進めてくるその人は、間違いなく瑞希達に向かって近付いてくる。はっきりと表情が分かるくらい距離が無くなった瞬間、腕を伸ばして抱きしめられた。

「やっと会えた。瑞希」

 聞き覚えのある穏やかな声。短く整えられた髪やスリーピーススーツを着た姿は知らないが、その腕の温もりのことはよく知っている。子供ごと抱きしめられる体勢のまま、瑞希はもう一度先程と同じ言葉を発した。

「どうして?」

 どうして黙って消えたのか。どうして急に連絡が取れなくなったのか。どうして瑞希の居る場所を見つけたのか。どうして……。

 次々と湧き上がってくる「どうして」に続く言葉。説明して欲しいことはたくさんある。
 けれど、言葉の代わりに出たのは頬を伝う涙だけ。

「マーマ?」

 見知らぬ男に急に抱きしめられ、母親も泣いている。この理解できない状況に、まだ1才の拓也まで釣られたように泣き始めた。男は慌てて、瑞希と拓也から腕を離した。

「あ、ごめんっ。えっと……拓也?」

 瑞希にしがみついている拓也は、母の胸に顔を埋めてしゃくり上げていた。母親の制服のブラウスを小さな手で必死に握りしめる息子の姿に、冷静さを取り戻す。その幼い背を優しくトントンと叩きながら、瑞希は男を見上げた。
 2年前に急に瑞希の前から居なくなった元彼、安達伸也。彼と連絡が付かなくなってから気付いた妊娠は、その後の瑞希の人生を大きく変えた。

「一から説明してくれるかな?」
「……はい」
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