今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 しばらく相関図を眺めて考え込んでいた伸也は、残りの炭酸水を二口ほど飲むと新規メールを作成する。動き出した常務派に蹴落とされる前に、専務派からの反発を受ける前に、自分の周囲を固めておく必要がある。

 メールを送信し終えた時、PCのディスプレイの時刻表示はすでに3時を回ろうとしていた。

 翌朝はグループ関連会社への視察もあって、秘書の運転する社用車がマンション前まで迎えに来た。打ち合わせも兼ねて助手席に乗り込んだ伸也だったが、シートベルトを着用して座席に身を投じた途端、思わず欠伸が零れてしまう。

「訪問の順番を変更いたしますから、しばらく後ろでお休みになられては?」
「……すみません、そうします」

 常に行動を共にしている秘書には、強がったり言い訳したりしても意味がない。伸也がベストな状態で動けるように管理するのが彼の仕事であり、初めて対面した時にも言われたのだ。「専属秘書への意地や見栄は必要ありません」と。
 手短に予定を確認し終えると、信号が赤になったタイミングで助手席を降り、後部座席へと移動する。

「あ、相関図、分かり易かったです。あれは祖父の代から変わらず?」
「いえ、先代の時も何かと反発し合ってはいましたが、それでも社長中心にまとまっているようには見えてましたね。常務派の縁故率も、今ほど顕著ではありませんでしたし」

 伸也が帰国するまでの間に社長代理を勤めていた錦織よりも、圧倒的に派閥を広げている常務の神崎。伸也を後継にという餌を使って先代の娘である安達百合子を真っ先に引き入れたことが派閥拡充へと起因したのだろう。
 ただし、母は初孫との対面以降、神崎を避けているようだが。

 後部座席に深く身を預け、伸也は腕を組んだまま下を向いて目を瞑った。鴨井から肩を揺すられて呼び起こされるまでの記憶は全くない。時計を見ると約1時間ほど眠っていたようで、今日の予定の中では一番遠い視察先に到着していた。少しでも眠る時間が取れるよう、距離のあるところから回るようにスケジュールを組み直してくれたらしい。

 代表就任後の初めての関連会社への視察は、順調に進んでいった。定型の挨拶と定型の報告はどこへ行っても似たようなものだ。そんな訪問先の全てで、伸也は同じ質問を投げかける。

「こちらでの子育て世帯の割合と、女性の育休後の復帰率はどのくらいですか?」

 業績に関する質問ばかりを想定していた担当者は、伸也の問いに即答できず、すぐに調べて後で報告いたしますと焦る者も少なくない。それぞれの視察先で似たような反応を受けた後、伸也は最後の訪問先であるADコーポレーションの会議室で実父が来るのを待った。
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