今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 伸也が手渡した施策書に目を通している父の顔は、この上なく厳しい。上司に企画書を確認して貰っている時のような緊張感を覚えながら、伸也は父の説得を試みる。

「専務派の大半は子育て世代。夫婦共働きやシングルも多い為に、必要性は感じているはず」
「なるほどな……」

 自身の経験からも、真っ向から反対という訳ではなさそうだ。細かいところを詰めて質問され、伸也が順にそれを答えていく。後を任せるつもりだからこそ、この施策に対して誰よりも父の理解を得る必要がある。

「うちにも何人も該当する者がいる。そっちに行くまでにさらに詰めておくとするか」
「お願いします」

 関連会社からの取締役の兼任に加えて、伸也の施策の主導。父に対して強いた役割は大きいが、父だからこそ安心して任せられる。

「これ終わらせないと、孫にも嫁にも合わせて貰えないってやつか?」
「そうなるね。二人のことを公に出来ない内は、大っぴらに合わせる理由がない」

 はぁと大袈裟に溜め息をついてみせる父は、心底残念そうだった。立ち場的にこっそり会いに行くことも出来ず苦々しいのだろう。

 スマホに入れていた拓也の画像をメールで送ってやると、食い入るように眺めている様子はただの孫バカだ。こんなに目尻を下げている父の顔を見るのは初めてだろう。誰に見られるか分からないから待ち受けにするのはダメだと、念の為に釘を刺す。

 孫で釣ったような形になってしまったが、思っている以上に早く決着が付きそうだ。

 その夜、以前にインタビューを受けたビジネス誌のデジタル版にて、KAJIコーポレーションが社内向けに打ち出した新しい施策についての記事が上がった。主要ポータルサイトでも取り上げられたこともあり、翌朝の秘書課は対応に追われることとなる。

 ――KAJIコーポレーション、各支社に病児保育室を設置。預け入れ先が無い子供達は同伴出勤可能に。

 ――子育て世代に寄り添った施策。子供の急な発熱時は、親のすぐ傍の社内保育室で。

 ――社用携帯のキャリア乗り換えにより通信費の大幅削減に成功。浮いた資金で病児保育室を。

 よくある社内託児所ではなく、病児保育室としたところに注目が集まったようで、社内でも詳細を求めて上司に問い合わせる者も少なくないようだった。

「近い内に取締役会にて詳細の説明を。その後、課長クラス以上にメールにて告知を」
「承知しました」

 父から、いつでも行けるぞという心強い連絡もあり、緊急の取締役会の招集を決める。父の兼任などは株主総会での議決を必要とするが、おおよそのことは各派閥にも周知させておきたい。
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