今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜

36.

 海水浴シーズンはとっくに終わっていたので、海辺の駐車場はサーファーの車が2台停まっているだけで閑散としていたが、近くの民宿の客らしきカップルや親子連れが砂浜を歩いたり、シートを敷いて座って海を眺めている姿があった。

 瑞希の分の荷物も肩に掛けた伸也が砂浜に向かって降りて行くと、その後ろに拓也を抱っこした瑞希が続いた。柔らかな砂地は慣れていないと歩き辛い。何度かよろめきそうになる度、振り返った伸也が腕を伸ばして支えてくれる。

「この辺りでいいかな」

 波打ち際からは離れた海水が届かない乾いた場所へ、持参したレジャーシート広げると、伸也はその上に荷物を降ろした。元々は動物園に行くつもりで出てきたから、荷物置き用にしかならないサイズのシートだったが、三人が並んで座るには十分だった。

「キレイなとこだね、夏だと人いっぱいなんだろうね」
「海水浴シーズンなら屋台とかも出てるけど、さすがに今は海の家も全部閉まってるな」

 夏場には有料になる駐車場はシーズン中だと並んでも停められないことがあるくらいだ。けれど今の季節は駐車場も無人で、警備員すらいない。

 砂の上にそっと降ろしてもらった拓也は、数歩を歩くだけで靴の中に入ってくる砂に苦い顔をしていた。靴を脱いで裸足にしてもらうと、足裏から伝わる不思議な感触をじっくりと確かめているようだった。

「お砂用の玩具もあるよ。どれで遊ぼうか?」

 買ったばかりのネットに入った砂遊びセットを開封して渡してやると、初めて見る玩具に拓也は分かりやすく目を輝かせた。色や形が少し違うだけで似たようなのがマンションの玄関に置いてあったのを見た覚えがあるが、子供にとっては全く別物で新鮮に感じるらしいのだと聞き、伸也は深く納得する。子供が同じような玩具ばかりをいくつも欲しがる心理はこんな小さい頃から芽生えているのだ。

 その場でしゃがみ込み、赤色のバケツにシャベルで砂を入れ始めた息子を眺めながら、瑞希と並んでシートに腰を下ろす。たどたどしい手付きながらも豪快に砂を掘り返して入れては、バケツから溢れ出そうになる砂をシャベルの裏で叩いて固める。その満タンになったバケツを瑞希がひっくり返してやると、一瞬だけバケツの型を成した砂はサラサラとあっという間に崩れてしまう。
 公園の砂場の砂とは違って、乾いた砂浜は型抜きには向いていない。それはそれで面白かったのか、拓也は再びバケツに砂を集め入れていく。ジョウロに海水を汲みに行っていた伸也が、

「あ、貝殻があったよ」

 足元に落ちていた小さな貝殻を拾い上げて、拓也の目の前に出来ていた砂の山の頂上に乗っける。いきなり現れた小さな宝物に目を丸くして驚いている息子がおかしくて、伸也は思わず吹き出した。

「貝殻なら、拓也の周りにもいっぱい落ちてるよ。よく見てごらん」
< 74 / 96 >

この作品をシェア

pagetop