今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 キョロキョロと周辺を見渡して、形のキレイな貝殻を拾い上げると、拓也の前に差し出してやる。さっきのよりも大きな貝殻は縞模様の所謂バカガイと呼ばれるやつだった。潮干狩りでは嫌われ者の扱いなのに、その貝殻を幼い息子は砂を出した空のバケツの中に大切にしまってから、何度も中を覗き込んではニコニコと満足そうに笑っている。拓也の興味が砂から貝殻へと完全に移った瞬間だった。

「よし、拓也。パパと貝殻集めしようか」

 砂浜を歩き回り、貝殻が落ちているのを見つけると「ここにあるよ」と手を振って拓也を呼び寄せる。駆け寄った拓也が拾ってバケツに入れたら、また別の貝殻を探す。繰り返している内に、父と子は二人並んで砂浜を歩いていた。伸也が別の新しい貝を見つけてくれるのを、拓也は父の顔を見上げてワクワクしながら待っている。宝物が貯まっていくバケツと、それを短い腕でしっかりと抱きかかえた得意げな顔。

「あ、カニがいる。拓也、ほらカニ!」

 波打ち際近くで小さなカニを見つけた伸也が、捕まえたカニを拓也の顔の前に掲げると、バタバタとたくさんの脚を動かして暴れる甲殻類の姿に、拓也はビックリ顔で後退った。フルフルと首を横に振って離れていく息子に、伸也は苦笑いする。期待していた反応とはちょっと違ったようだ。

「んー、カニは怖いのか……」

 そっとカニを逃がしてやると、また貝殻探しに戻る。拓也には動く物はまだ早かったみたいだ。息子と一緒に昆虫採取する日はかなり先になりそうだ。

 そんな二人の様子を荷物番しながら遠巻きに眺めていた瑞希は、胸の奥にぐっとくるものを感じていた。確かな血の繋がりはあっても、離れていた期間が長い二人の間にはまだ見えない壁がそびえ立っていた。その壁が以前よりも明らかに薄くなって、低くなっているのが分かった。

 父親というものを知らなかった拓也と、いきなり子供の存在が発覚して父性を一から育むことになった伸也。いろんなことを思いを抱きながらも、徐々に互いを認め合っている。

 別に焦らなくたっていい。少しずつ、少しずつ心の距離が近付いていけばいい。気付いた時にはちゃんと家族になれている気がするから大丈夫だ。
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