今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
黒のビジネススーツを身に付けた細身の青年は、伸也よりも少し年上といった感じだろうか。先を行く常務達へ軽く挨拶した後、人懐っこい笑顔で伸也へ片手を振って近付いてきた。
「え、陽介? 北関東にいるって聞いてたけど」
「本社チームとの広域プロジェクトでね。……って、あれ? 俺を指名してくれたのって、伸也じゃないんだ?」
首から下げたネームプレートは、『KAJIコーポレーション北関東支社営業部 係長 鍛冶陽介』と記されている。それを見て、鴨井は全てを納得したように小さく頷いた。最近、神崎が何かを企んでいるような気配を感じていたが、このことだったのかと。
「……おそらく、神崎常務だと思います」
そっと伸也の耳元に囁くと、「ああ、そういうことか」とすぐに状況を理解したようだ。促すように先にエレベーターへの乗り込んだ鴨井の後を、伸也も無言で続いていく。
ドアが閉まり、上階へと動き始めたエレベーターの中で先に口を開いたのは伸也だった。
「はとこ、なんです。さっきのは爺さんの兄の孫で」
「ええ、存じております。安達社長の対抗馬になるとでも思われて、呼び付けられたのでしょうか」
困ったものですね、と言いながらも、鴨井は口の端で笑いを漏らした。あまりに幼稚過ぎて話にもならない。今回は特に対策を練る必要がなさそうだ。
伸也達の予想していた通り、それ以降、本社ビルで鍛冶陽介の姿を目にすることが多くなった。実働している広域プロジェクトの期間中は近くのホテルを取って、そこから通って来ているらしい。
「よう、伸也。たまには飲みにでも行こうぜ」
「ああ。時間があれば」
出会えば必ず周囲に聞こえるくらい大きな声で下の名を呼ばれる。それが本社内のどこであっても、だ。会社のトップである伸也を気軽に下の名で呼び捨てる陽介のことは、あっと言う間に社内の噂の中心になっていた。
「さすがにそろそろ騒ぐ者が出てきそうですね」
そう鴨井が宣言した翌日だろうか、視察に出ようとしていた伸也達がビルのエントランスで神崎常務一行と鉢合わせた。常務と並んで歓談していた陽介が、こちらに気付いて人懐っこい笑顔で名前を呼び捨ててくる「やあ、伸也」と。
「こちらの鍛冶君は本家筋だそうじゃないか。まるで彼の方がKAJIコーポレーションの代表みたいだな。君が本社に移動してくれば、安泰だな」
「いえいえ、僕は北関東の方が性に合ってますから」
「はっはは。謙遜するじゃないか。失礼極まりない分家の奴とは大違いだ」
これ見よがしに周囲へ聞こえるように声を張り上げて話す神崎は、明らかにこちらのことを煽っている。が、伸也は何も言い返すことなく、その横を静かに通り過ぎた。
「え、陽介? 北関東にいるって聞いてたけど」
「本社チームとの広域プロジェクトでね。……って、あれ? 俺を指名してくれたのって、伸也じゃないんだ?」
首から下げたネームプレートは、『KAJIコーポレーション北関東支社営業部 係長 鍛冶陽介』と記されている。それを見て、鴨井は全てを納得したように小さく頷いた。最近、神崎が何かを企んでいるような気配を感じていたが、このことだったのかと。
「……おそらく、神崎常務だと思います」
そっと伸也の耳元に囁くと、「ああ、そういうことか」とすぐに状況を理解したようだ。促すように先にエレベーターへの乗り込んだ鴨井の後を、伸也も無言で続いていく。
ドアが閉まり、上階へと動き始めたエレベーターの中で先に口を開いたのは伸也だった。
「はとこ、なんです。さっきのは爺さんの兄の孫で」
「ええ、存じております。安達社長の対抗馬になるとでも思われて、呼び付けられたのでしょうか」
困ったものですね、と言いながらも、鴨井は口の端で笑いを漏らした。あまりに幼稚過ぎて話にもならない。今回は特に対策を練る必要がなさそうだ。
伸也達の予想していた通り、それ以降、本社ビルで鍛冶陽介の姿を目にすることが多くなった。実働している広域プロジェクトの期間中は近くのホテルを取って、そこから通って来ているらしい。
「よう、伸也。たまには飲みにでも行こうぜ」
「ああ。時間があれば」
出会えば必ず周囲に聞こえるくらい大きな声で下の名を呼ばれる。それが本社内のどこであっても、だ。会社のトップである伸也を気軽に下の名で呼び捨てる陽介のことは、あっと言う間に社内の噂の中心になっていた。
「さすがにそろそろ騒ぐ者が出てきそうですね」
そう鴨井が宣言した翌日だろうか、視察に出ようとしていた伸也達がビルのエントランスで神崎常務一行と鉢合わせた。常務と並んで歓談していた陽介が、こちらに気付いて人懐っこい笑顔で名前を呼び捨ててくる「やあ、伸也」と。
「こちらの鍛冶君は本家筋だそうじゃないか。まるで彼の方がKAJIコーポレーションの代表みたいだな。君が本社に移動してくれば、安泰だな」
「いえいえ、僕は北関東の方が性に合ってますから」
「はっはは。謙遜するじゃないか。失礼極まりない分家の奴とは大違いだ」
これ見よがしに周囲へ聞こえるように声を張り上げて話す神崎は、明らかにこちらのことを煽っている。が、伸也は何も言い返すことなく、その横を静かに通り過ぎた。