今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 瑞希の公休が久しぶりに日曜日にあると聞いて、伸也は週末が来るのを心待ちにしていた。接客業だから基本的には平日に公休日ばかりの瑞希だが、イベントのない月などならたまに土日に休みが回ってくることがある。

 特に何がしたい訳でも、どこかへ行きたい訳でもない。ただ一緒にいるだけで十分だ。離れていた時間や距離を、埋められる時を共に過ごせることがこの上なく幸せだった。ちゃんと傍にいて、手を伸ばすだけで瑞希の温もりを感じることができる。一度手離してしまった幸せを、もう一度取り戻せることができた自分は、とても運が良いのかもしれない。

 ビジネスバッグにノートPCを突っ込んで帰り支度をしていると、自然に頬が緩んでいた。鴨井からも「最近、顔から強張りが抜けましたね」と微笑みながら揶揄われてしまうが、自分でも自覚していた。帰国した直後にはなかった自分の居場所――心安らぐ場所を、今はちゃんと見つけてしまったのだから。

 時刻を確認しようと左腕の袖に手を掛けようとした時、社長室の扉をノックする音が耳に入る。間を置いて開いた扉からは、困ったように眉を寄せた秘書の顔。

「神崎常務がいらしたのですが、いかがいたしましょうか?」
「え、そういった予定はありませんでしたよね?」

 問いかけに問いかけで返すと、鴨井は無言で苦笑いを返してくる。互いに分かりきったやり取りなのだが、案の定、後ろで聞いていた神崎の癇に障ったようで、不機嫌を絵に描いた表情で秘書を押しのけると、ずかずかと扉を入ってきた。

「別にそこまで時間を取らせることじゃない」

 さも当然と、ソファーにどしりと腰を下ろすと、扉前で秘書に足止めされていた男を手招きする。

「ごめん、もう帰るところだった?」

 常務の隣の席に躊躇いなく座った鍛冶陽介の笑顔は、いつもと同じく伸也のことをどこか下に見ている印象を与える。小さな幼子を宥めているような、余裕の笑顔。

「一応、今日で出向期間が終わるからさ。伸也にも挨拶しとかなきゃと思ってね」
「ああ、今日までなんだ」

 合同プロジェクトが終われば、陽介が本社にいる理由が無くなる。詰まらない噂話もその内に消息していくだろう。

「鍛冶君に本社勤務の話が出ていたのを、社長の独断で棄却したそうじゃないか。個人的な理由を持ち出して人事に口出しするのはどうかと思うが」

 ご機嫌な笑顔を張り付けている陽介の隣では、神崎が仏頂面で伸也を睨みつけてくる。三人分の湯飲みをソファーテーブルの上に並べていた鴨井は、社内で誰よりも人事へ口を出している男が何を言っているのかと吹き出しそうになったが顔にも出さず堪えていた。
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