今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
「今、彼女はどちらに……お会いできないのなら、連絡先を教えていただければ」
「ですから、うちには娘などおりませんからっ」

 ――どういうこと、なんだ……?

 何を言っても、娘など端からいないの一点張り。会わせる会わせないじゃなく、そんな娘は存在しないと言い張られてしまう。あまりの剣幕で、しつこくすれば警察を呼ばれるか塩を撒かれそうな勢いだった。
 なぜそんな態度を取られるのか、伸也には見当もつかない。確かに瑞希と交際するようになってから、まだ一度もちゃんとした挨拶には来たことがなかったが。彼女に一体、何が……。

 まともに話を取り合ってくれようともせず、瑞希の母親はバタンと大きな音を立てながら玄関扉を閉めてしまった。玄関前に一人残された伸也は、茫然と立ち尽くすしかない。
 その様子を、車から降りて腰を伸ばしていたタクシー運転手は怪訝そうに眺めていた。

 会社が用意したという新たな自宅マンションに向かうタクシーの車内で、伸也はスマホに残っている履歴を茫然としながら眺めていた。既に一度目を通してはいたが、迷惑メールに混ざって残されているメッセージの中に、まだ連絡が取れていない知り合いがいればと。だが、生憎そういうのは一件も見つからない。

 勿論、思い当たる知り合いには向こうに居た時にとっくに連絡はしている。勤務先が分かる人間なら会社に連絡すればいい訳で、会社の電話番号くらいはネットさえあれば地球上のどこからでも調べられるのだから。

 でも、連絡が取れた知り合いの中で、瑞希と直接連絡が取れるという人間は誰一人としていなかった。伸也が向こうでやっと自由な時間を少しは確保できるようになった半月間で、瑞希の携帯電話は不通になってしまっていた。勤務していた店も辞めてしまったようだった。誰も彼女の新しい番号を知らされていないらしく、連絡できる者はいなくなっていた。

「なんで……」

 元はと言えば、自分が悪いのだ。自分が鞄を無くさなければこんなことにはならなかった。大切な人との連絡手段が携帯電話だけなんて、情けなくて言葉にならない。

 もしあの時、ちゃんと連絡が取れていれば、「すぐ帰るから待ってて欲しい」と伝えて安心させてあげれていたはずだ。なのに実際は、彼女の前から黙って居なくなってしまったようなもので、どれだけ瑞希へ負担をかけてしまったのだろう。

 もしもっと早くに動いていればと考えたらキリがない。あと一日早ければ、彼女が仕事を辞める前だったかもしれないし、電話番号を変えてしまう前だったかもしれない。連絡が付かない状況になったのは、自分の行動が遅かったのが原因だとしか思えない。後悔は次から次へと際限なく湧き上がっていくばかりだった。

 己を含め、この状況を作ったもの全てが憎くて仕方がない。
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