今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
「どうしても、探し出したい人がいるんです」
「それはどういった……?」
「大切な人なんですが、渡米してからずっと連絡が取れなくなってて。自分でもいろいろ探してはみたんですが、どうにもならなくて……」

 伸也はこれまでの経緯を説明しながら、自分の考えの浅さを嘆いた。帰ってきたら全てが元通りになると、どこか能天気に考えていたことが情けない。

「なるほど。そんなことが……」

 デスクの上で頭を抱えて項垂れているのは、米国での経営者修行を終えて帰ってきた期待の若き経営者、なんかじゃない。会社に巣くった古狸達の自分勝手な都合に振り回され、人生を狂わされた哀れな青年なのだ。

「分かりました。ではすぐに手配しましょう。先代も使っておられた興信所なので、信用はできるはずです」
「興信所、ですか?」
「ええ、こういうことはプロに任せるのが一番ですよ。大胆な施策は入念な下調べがあってこそ、と先代社長はちょっとした人事でも使っておられましたが、今の時代は個人情報がどうのと難しくはなりましたけれどね」

 カップに残った珈琲を一気に飲み干すと、鴨井はソファーから立ち上がる。上司の不安材料を取り除く手助けも、優秀な秘書にはわけもないことだ。

 そうして数週間でまとめ上げられた調査報告書を前にして、伸也はその表紙を捲る手が微かに震えているのに気付く。二年も連絡が取れなかった男のことなんて、今の瑞希にはどうでもいい存在になっているかもしれない。見つけ出しても、ただそれだけで終わる可能性だって、ない訳じゃない。それくらい、二年という期間は長過ぎたはずだ。

 調査員と鴨井が見守る中、一枚目のページを捲って現れたのは、少しだけ雰囲気が変わった瑞希の写真。隠し撮りのせいで視線は合っていないが、間違いなく探し求めていた彼女の姿。

「今は祖父母の田上という姓を名乗っておられますが、ご結婚はされていません」

 田上瑞希(旧姓:相沢)と記載された名前欄で目を止めた伸也へ、調査員が口頭で説明する。苗字が変わった経緯も詳しく説明書きされてはいるが、いつまでも1ページ目から進まない依頼主の様子に、直接言った方が手っ取り早いとでも思ったのだろう。

「息子さんと二人暮らしで――」
「こ、子供がいるんですか?!」
「はい。次のページに写真もありますが、拓也君という1歳半の男の子です」
「……1歳半、ですか」

 急いで捲ったページに張り付けられた写真には、保育園の園庭らしきところで砂遊びする小さな男の子。まるで自分の子供の頃のアルバムを見ているような、不思議な感覚を覚えた。月齢からして、間違いないだろう。

「父親は俺、ですよね……」
「ええ、おそらく。DNA鑑定が必要とは思えないくらい、よく似ておられると思います」

 自分の子を一人で産み育てていた瑞希に対して、伸也には表せる言葉が無い。感謝、懺悔、謝罪。彼女に会った時に、まず何から伝えるのが正解なんだろうか。
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