今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜

42.

 ショッピングモールの片隅にあるショップは、館の開店を告げる爽やかな音楽が流れだした後も、しばらくは客足なんて無い。スマホが故障したとか、紛失したとかで慌てて駆け込んでくる客でもいなければ、特に平日は閑古鳥の鳴き声を聞いてから始まるのが常。

 毎朝の恒例。ただ達成率と目標値を読み上げるだけの朝礼は、前日遅くまで大学のレポートを書いていた学生バイトには辛そうだ。彼が何度も生欠伸を堪えているのを、周囲の大人達は見て見ないフリを通してあげていた。

「えー、昨日、本社からの指示がありまして、私は来月から北町店に戻ることになりました。代わりに配属されてくる店長はまだ決まっていないそうですが、それはまた分かり次第――」

 いつも通りの退屈で無意味な朝礼が、イケメン店長の台詞で一気に騒めき立つ。北町店は元々、彼が入社以降に配属されていた店。吉崎店長にとっては所謂古巣だ。彼の教育係でもあったこれまでの店長が繁華街に出来る新店を任されることになり、空いた席に呼び戻されることになったのだという。

「こちらの店での実績が認められたらしく、どうしてもと頼まれたら、私も戻らない訳にはいかないので」
「目標の連続達成中ですからね、本社も店長の実力に期待されてるんでしょう」
「ちゃんと期待に沿えるかは、分かりませんけど。やれるだけはやってみますよ」

 開店の準備もお構いなく喫煙室へと向かう店長と取り巻き達の後ろ姿を、西川恵美は呆れ顔で見送っていた。言いたいことは山ほどあるが、実際に言ったところで治る訳もない。
 店自体の客数は伸び悩んだままだが、KAJIコーポレーションの案件で法人台数が稼げ、売上実績が安定していることを評価されたのは明らか。

「誰のおかげで法人の数字が取れてるか、全く分かってないみたいね」
「次はちゃんと仕事してくれる店長がいいですよねぇー。移動してきそうな人、誰かいます?」

 カウンターの上をダスターで拭いて回りながら、木下七海が顔を上げて聞いてくる。他店の店長が配属替えしてくるか、或いはサブや副店長クラスが昇級してやってくるのか。誰が来ても今よりはマシには違いないと、かなり楽しそうだ。

 毒づいた二人の会話を、瑞希は修理機の発送準備をしながら苦笑いで聞いていた。以前の自分なら、二人と一緒になって店長の悪口を言っていたかもしれないが、今は不思議とそういう気は起らない。
 通勤に時間が掛からなくなったし、曜日を気にせず子供を預けることができる。無茶ぶりに近いシフトを振られても何とかこなせる余裕ができ、伸也のサポートのおかげで同じ職場なのに随分と働き易くなった。

「どっかの店に、他の代理店で店長やってた人が入ったって言ってたじゃないですか? その人とか来そうじゃないですか?」
「あー、居たねぇ、そういう人。速攻でやめたらしいけどね、前の会社とやり方が全然違うって言って」
「ええーっ、もう居ないんですか?!」

 恵美達は好き勝手に、次の店長候補となりそうな人の名を順にあげていくが、なかなかこれといった者が見つからないでいるようだった。「ま、その内に意外なところから発掘されてくるんじゃない?」というぶっきら棒な恵美の台詞は、その日の午後にブーメランとして返ってきた。
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