今更だけど、もう離さない 〜再会した元カレは大会社のCEO〜
 月が変わり、顔面しか取り柄の無い吉崎が北町店へと移動してから初めての朝礼。少し強張らせた表情の恵美が、売り上げ表を挟んだバインダーを手に咳払いする。首から下げているネームプレートの肩書は、アドバイザーから店長代理に変わっている。

「えー、おはようございます。移動された吉崎店長に代わりまして、今日から店長代理をさせていただきます、西川です。あくまで、私は店長”代理”ですので、まだ私一人では対応できず、みなさんを頼らせていただくことが多いと思います。その際はよろしくお願いします」

 謙虚というよりは、どちらかというと抜かりないなという印象の方が強い、恵美らしい挨拶。代理の肩書は本人が希望して付けてもらっただけなのは誰もが知っている。彼女で対応できないことは、他のスタッフだって無理だろう。

「では、月初めでやることは多いです。各自が効率を考えて動いて下さい。よろしくお願いします――あ、結城さんは喫煙室に行かれる前にゴミを捨ててきて貰えますか? バックヤードにまとめてあるんで」
「……了解です」

 締めの言葉に続けて、ついでのように男性社員へと指示を出す。吉崎ありし日には朝礼後の煙草休憩で開店準備をまるっとサボっていたが、今日からはそうはさせないという牽制だ。山積みの段ボールとゴミ袋は一往復では無理だろう。

 初っ端からの痛烈な恵美の一撃に、瑞希の隣では木下七海が小刻みに肩を震わせている。吉崎は勿論だが、彼の取り巻きだった結城に対しても、彼女らは何かしら思うところがあったらしい。

 掃除に加えてディスプレイの入れ替えなど、月初の朝は雑用が多い。平日で客足が少ないのは幸いで、これが週末だった場合は月頭からの残業必至だ。恵美は社用PCに張り付いて、前任が放置したままの前月の売り上げ集計を見直していた。

「恵美、じゃなくて店長。在庫確認、終わりました。昨日の分で1件、他店への移動漏れがあったので修正しました」
「いや、いままで通りに呼んでくれていいから……。良かった、在庫はオッケーね」

 恵美がチェックを入れているタスクリストを覗き込み、瑞希は次の作業を確認する。彼女が事前に用意したリストは決算前に行うレベルの細かさで、恵美がどれだけ吉崎のことを信用していなかったかがよく分かる。
 代替え機の残数確認にバックヤードへ戻りかけると、入れ違いで木下がやってきた。

「あ、西川さん――じゃなくて、店長!」
「いや、だから呼び方変えなくっていいって……何、木下さん?」

 備品確認を指示されていた木下が、出金表が綴じられたファイルを片手に首を傾げている。

「昨日に届いてた備品って、どこにあるか知りません? コピー用紙とかインクとか結構大量に注文してたみたいなんですけど」
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