超貧乏でしたが御曹司に溺愛されて身も心も癒されました
 やっぱり目だっちゃうくらい恰好いいんだわ。でも、社長の魅力って。
「遅くなったな。…どうかしたか?」
 玲一の分析をしていたので、ついまじまじと見てしまった。
「いえ。なんでもないです」
「じゃあ、時間もない。行くか」
 はい、とまりえが立上った。お茶代も玲一が出してくれて、申し訳なく思っていると、すぐにその場所に着いた。高階デパートの六階。婦人服売り場だ。
 玲一は、その中のハイブランドの店に入って行き、中の店員と何か話している。
 お仕事の話とか…?
 推測していると、店の奥に行った玲一から手招きされた。おずおずとそこに行く。
「君が着る服を探すから、片っ端から試着するといい」
「え…そんな」
 まりえには、目もくらむようなブランドだ。一枚いくらするのか見当もつかない。
「遠慮しなくていい。時田さん、頼むよ」
「では、お嬢さま、こちらのワンピースから始めましょうか」
 さっと服をあてがわれ、いつの間にか試着室へ放り込まれていた。それからは、服を着ては店員の時田と玲一が、あれもいい、これもいい、じゃあこれも、と言うパターンが繰り返された。
 まりえは生まれて初めて着る上等で新品の服達に圧倒されて、どぎまぎしていると、やっと試着が終わった。
 玲一は、時田に言った。
「これくらいあれば、何とかなるかな」
「そうですね。充分かと思います」
 これくらい、と玲一が目で追った服たちは軽く十着はあった。総額がとんでもない金額であることは、まりえにも推測できた。
「じゃあカードで。配送を頼みます。あ、君はそのままの恰好で。時田さん、タグを切ってやってください」
 かしこまりました、と時田は慣れた手つきでまりえが着ているシフォンワンピースのタグを切った。
「社長、あの、これは」
 いきなりの着せ替え人形に頭がついていかない。
「いや、君の着ている服まで考えが及んでなかった。パジャマ1枚で、あんなに喜んでたから、服もきっと必要なんだろうと、やっとわかった。気が回らなくてすまなかったな」
「そんな!っていうか、配送って今のたくさんの服、私の、なんですか…?」
「そうだ。君以外の誰が着るんだ」
「だだだって、とんでもない金額で」
「気にしなくていい。君への投資だと思ってくれればいい。今後、同伴で会食もあるだろうから必要経費だ」
「じゃあ、普段から、今のお洋服を着てもいいんですか…?」
「もちろん。好きな時に、好きなだけ」
 そこまで言われて、まりえは、やっと、とんでもないプレゼントをもらったことを理解した。
「ありがとうございます。な、なんて言ったらいいのか…嬉しすぎて言葉が出ません」
 百合に化粧品のおさがりを貰った時も嬉しかったが、自分が新品のハイブランドの服を着ることになるなんて想像もしていなかった。
「そろそろランチの時間だ。行くか」
 望外の喜びで、ぼうっとした頭で、まりえは玲一について行った。高階デパートを出て、少し歩く。
 玲一が連れて行ってくれたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。照明が暗く、棚には酒瓶がぎっしり並んでいる。客層も、年配から中年まで、どちらかというと男性が多かった。ビールを手にしている人もちらほらしている。
 お昼からお酒が飲める店なのかな…。
「おう。玲一、こっちだ」
 威勢のいい声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、体格のいいシャツとデニムパンツの男性が玲一に向かって手を振ってきた。目が大きく眉毛も太い、濃い顔をしていた。
「なんだお前、日曜日にスーツか」
「午後から貴島さんのところで会合があるからな」
「つまらねえ。せっかく飲める店にしたのによ。…っと玲一、こちらは?」
 と、その体格のいい男性が、まりえを見て言った。
「今日、紹介しようと思って連れてきた。結婚して、今、一緒に暮らしている」
「ああ…電話でそんなこと言ってたな。あれって本当だったんだな」
 へえーと言いながら男性は、まりえの頭から足元まで、じっくり見た。好奇心は感じられたが、嫌な感じはしなかった。
「は、初めまして。竹岡…いえ、高階まりえです」
「初めまして。まりえさん。俺、大滝っていいます。こいつとは腐れ縁で。な、玲一」
 かかかっ、と愉快そうに笑う。大滝は気さくで快活なタイプらしい。玲一の親友と聞いて、緊張していたが、想像していたよりも、リラックスして話せそうだ。
 三人でテーブルにつき、洋食のワンプレートランチを食べた。色んな料理が少しづつ大皿に乗っていて楽しい。大滝だけがビールも注文した。
「あの玲一が、結婚なんてね。俺の方が、絶対先だと思ってた」
 大滝がビールをあおって言った。
「お前は、手を出し過ぎた。いつか刺されるぞ」
「そんなへましないね。まりえさん、こいつ落とすの、大変じゃなかったですか。俺みたいに優しくないから」
 優しくない、という単語を、まりえは不思議に思った。
「えっと…社長は、とても優しくしてくれています。いつも気遣ってもらっています」
「そうなんですか!へえー。お前も大人になったな、女性に優しくできるようになったか」
「お前みたいに誰にでもいい顔するわけじゃないだけだ。選んだら、大事にする」
 大滝は、そんな玲一に、ほう、と目を見張った。
 その次の瞬間、玲一のスマホが鳴った。出れば、と大滝が言う。
「悪い。少し外す」
玲一は、カフェの外に出ていってしまった。
 大滝さんが、まりえの方を見て、にっ、と笑う。
「でも、意外だったな、あいつがまりえさんみたいなタイプを選ぶとはね」
「私は、玲一さんのタイプではないんでしょうね。何となくわかります」
 冷静に距離を置かれるのは、そういうことだと理解していた。
「いや、そういう事じゃなくて。あいつ、あのルックスで、それであの財力だろう。自分のいいなりにしちゃおうっていう我儘なタイプが寄ってくるんだよ。またあいつの母親も、そういう女子をウェルカムにしていたからなあ。あれしてこれして、って言われる内に、玲一の方がどんどん冷めていく、そんなパターンは、確かにあったよ」
「社長のお母様は、女性関係が全くダメ、と言われてましたが」
「うん。見合いの時は、特に玲一の経済面を重視した女がくるだろ。辟易して、だんだん見合いしてもすぐ断るようになってたな。…君とはどうやって知り合ったの?」
「ちょっとだけお母様と知り合う機会があって、玲一さんと食事して。それからです」
「マジ?!へー、なんか、あいつのツボが君にあったんだなあ」
 まりえは、薄く微笑んだ。思いっきり貧乏話をしたせいで、妙に気を引いてしまった、とは言いにくい。
「玲一さんは、やっぱり、女性にモテるんですね」
「まあね。あいつの好みじゃない子にね。…そういや、一度だけ、あいつがはまった彼女がいたなあ」
「え」
 どきりとして、まりえは、コーヒーを飲むのを一瞬、止めた。
「まあ、高校の時だけどな、ずいぶんいれこんで…明らかに玲一の方が好きだったよ。ほぼ初恋じゃないかな。あいつがあんなに嬉しそうに女子と交際してたのは、後にも先にもそれくらい、かな。
それが別れることになって…玲一は、自分から彼女を探すような事はなくなった」
 どうして別れたんだろう。まりえは知りたくなったが、さすがに踏み込んで聞くことはためらわれた。
「まあ、そんな感じだから。あいつが気に入ってんなら、俺はうれしいよ、まりえさん。あいつ、なんだかんだいっていい奴だからさ。そういうところ、見てやってよ」
「はい…社長はいい方だと、私も思います。気遣ってくださる分、どうやってお返ししようかといつも考えちゃいます」
「ふーん。ほっぺたにちゅって、やれば、あいつも喜ぶんじゃない?」
「そ、そんなことできません!」
 真っ赤になってまりえは言った。自分からキスなんて、できるわけがない。
「ははは。面白いな、まりえさん。なんか、玲一の気持ちもわかってきたわ」
「俺の気持ちが何だって?」
 スマホを片手に玲一がテーブルに戻ってきた。
「すまない。取引相手からで、ちょと話し込んでた」
「いいさあ、俺、お前の秘密、まりえさんに言っちゃったもんね」
「なんだ。そんな秘密なんてないだろ」
「そう思ってるのは本人だけでしたあ。まりえさんも何きかれた、って言われても答えちゃダメだからね」
 それからは、大滝と玲一のおしゃべりを聞いているだけで楽しかった。大滝につっこまれて慌てる玲一も見れて、こんな一面もあるんだ、と興味深かった。
 いつも冷静なだけに、普通の男子っぽいところを見せられると、単純に微笑ましい。
 料理もあらかた片付いた頃、大滝は時計を見て、言った。
「やべ。デートの時間に遅れる。俺は、ここで失礼するよ」
 ビールのグラスを飲み干してカラにした。
「あんまり飲みすぎんなよ」
「お前こそ、いいとこばっか見せてるとそのうち、息切れするぞ」
「うるさい。さっさと行け」
「はいはい。じゃあね、まりえちゃん、玲一におっきな指輪でも買ってもらいなよ」
 まりえはどう対応したらいいのか、薄く微笑んで会釈をした。
 テーブルに玲一と二人きりになると、玲一が息を吐いた。
「ふう。うるさい奴だ。君、あんな奴の言うことを間に受けなくていいからな」
「ふふ、楽しかったです。いつもとは違う社長の顔も見れて」
「そうか?俺達もそろそろ出よう。君を送ってから、会合に行く」
「まだ明るいですから、送られなくても」
「それはダメだ。君は」
「え?」
「いや…何でもない」
 なんだろう、と思いながら、玲一とカフェを出た。公園を横切って帰ろうということになった。 
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