超貧乏でしたが御曹司に溺愛されて身も心も癒されました
 まりえはそうだろうな、と思った。玲一は決して饒舌な方ではないが、一緒に暮らしていても挨拶は欠かさない。「おはよう」「お疲れ様」「何か変わりなないか」これらは、ほぼ毎日、玲一がまりえに言ってくる。そのせいで、玲一が、機嫌が悪いんじゃ、とかまりえと一緒にいたくないんじゃ、などのネガティブな思いを抱かずにすんだ。
 まりえの感じ方であっていれば…なんとなく、玲一は、今の生活を気に入っている、ように思えた。自分の都合のいいように感じてるだけ、かなあ…?
 本当のところは、玲一に聞いてみないとわからないが、とにかく今日はデートを楽しもうと思う。
 フルーツサンドを食べ終えた頃、玲一は車をパーキングに入れた。
 少し歩いて、向かったのは小さな映画館だった。玲一は言った。
「ここに、いいのがかかることが多くて。時間ができると、来るようにしてる」
 足を踏み入れて、まりえは館内を見回した。高校時代につきあっていた先輩とチケットがあるからとシネコンの映画を観に行ったことならあった。でも、その時とは雰囲気が違う。もっとこじんまりしていて、ほっとする感じだ。しかし客数は多く、座席はほぼうまっていた。
 玲一は、紙コップに入ったコーヒーを買ってきてくれた。
「コーヒーも美味いよ。近くのカフェが出張サービスしてるから」
 言われた通り、美味しかった。
 映画は、女性が女性を愛してしまった、という恋愛もので、いくつも賞をとっていて、見ごたえがあった。主人公の女性のひたむきさに、ぐっとくるものがあった。
 美しい二人の女性のラブシーンは圧巻で、引き込まれるほど、綺麗だった。
 感想を言いながら、映画館を出て、車に乗った。
 シートベルトをしながら、玲一は言った。
「食事のシーンの撮り方もよかったな。海鮮を使ったスープなんて、なかなか美味そうだった」
「本当ですね。夕ご飯も、そんな感じにしてみようかな…」
「…ひょっとして、これから家に帰ると思ってる?」
「え、違うんですか」
 お昼も食べて、映画館に行った。お出かけとしては、まりえには充分だった。
「何、言ってるんだ。これからだろ。海鮮スープ食べれるかも、な」
 他愛ないおしゃべりをしながら、次に車が向かったのは、港だった。そして、目に入った看板を見て、まりえが声をあげた。
「水族館!」
「どうかな。楽しめそう?」
「はい!小学校の遠足で来て以来です」
「そうか、大人になってから見ると、また違って面白いぞ」
 館内に入ると、照明が暗いけれど、その中で光る水槽を丁寧に見て回った。時折、玲一は、魚の蘊蓄をはさんだりして、楽しそうにしていた。
 まりえは、そんな玲一を見れるのも嬉しかった。
 そうか…デートって自分が楽しいだけじゃなくて、相手が楽しそうなのも嬉しいんだな。
 改めて、こんな機会を作ってくれた玲一に感謝した。
 時間をかけて水族館を出ると、もう日が暮れていた。車に乗り込むと玲一が言った。
「どうかな。お腹はすいてる?」
 まりえは、はい、と頷いた。昼食のフルーツサンドが軽かったので、空腹感があった。
「よし。じゃあ次に行こう」
 玲一は、港の近くにあるホテルに車を停めた。ホテル内のレストランへ連れて行かれる。
 高級そうな雰囲気に、まりえは飲まれてしまって、緊張していた。
 ところが、レストラン店内は女性同士の客が何組もいた。
 女性に人気のお店、なのかな?
 まりえは小さな疑問を持ちながら席につくと、給仕からシャンパンをサービスされた。
 ほの明るいオレンジの照明。座っている椅子もふわっとしていて座り心地がいい。何よりも、目の前の大きな窓には、美しい夜の海辺が広がっていた。
「すごい綺麗…」
 ため息と共に言葉を呟くと、料理が運ばれてきた。四段もあるスタンドに乗って。
 給仕は一段、一段、スタンドに乗っている料理の説明をした。と言ってもほとんどがスイーツで、下段にだけ、ちょっと食べ応えのありそうなサンドイッチが並んでいた。どの段も美しい仕上がりで、目に楽しい。他の席からの女性の感嘆の声がちらほら聞こえてくる。
 そこで、やっとわかった。この店は、スイーツが売りもので、女性客が多いということが。
「玲一さん、ここって…」
「ああ。俺も来るのは初めてなんだが。女性は、こういうスイーツが並んでいるのが好きなんだろう?午後に食べるときはアフタヌーンティー、夜に食べる場合はハイティーと言うそうだ」
 玲一の心づくしが嬉しかった。和風の『柊』での食事も素敵だったが、こんな風に色とりどりのスイーツを目の前にすると、自分が何かとてもいいものになった気がする。
 玲一と暮らすようになってから、自分はすごく満たされていた。穏やかで、静かな暮らし。そして、自分の作る朝食を玲一が喜んでくれること。それだけで、もう充分なのに。
 甘いお菓子を壊れ物のように扱って、丁寧に食べた。どれも甘すぎず、品のいい甘さで美味しかった。
 ゆっくり、食後の紅茶を楽しみながら、まりえは言った。
「ほんとに美味しかったです。でも、玲一さんは甘いものばかりで、物足りなくなかったですか?」
 玲一は、ゆっくり首を振った。
「いや。今日のデートは、君が主役だからな。いつも、行き届いた家事をしてくれていて、本当に助かってる。君の朝食が食べれる、と思うと仕事が今まで以上に頑張れるんだ。今日は、その御礼。これでも労ってるつもりなんだ」
「そんな…私こそ、こんなに素敵なハイティーを楽しませてもらって…しかも今日は、映画館に、水族館まで。私、人生の運気をここで使い果たしてしまったんじゃないでしょうか」
 玲一は、目を見張った。
「何、言ってるんだ。こんなの序の口だよ。楽しもうと思えば、もっといろんなことができる。君が望めばバーベキューだっていいし」
「私、バーベキューって、テレビでしか見たことがなくて」
「実を言うと、俺も詳しくない。言いながら、少し焦ってた」
 まりえは、思わず吹き出してしまった。完璧に見える玲一に、そんな面があるのが、なんだかとても嬉しい。誰も知らない玲一の一面を知ることができた喜び。
「…何でだろうな。君を見ていると、あれもしてやりたい、これもしてやりたい、って普通に思う。今まではそんなこと、ほとんどなかった」
 まりえは、笑った後だったのに、玲一のその言葉にわずかに反応した。
 ほとんどなかったってことは…一回くらい、あったってことで…
 胸の奥がちくりと痛んだ。自分がいつの間にか玲一に対して独占欲を持っていることがわかって、
少なからず驚いていた。
礼一は、まりえがそんなことを考えているとは思っていないようだった。
「もう一度、シャンパンで乾杯しないか。今日は大切な日だから」
「え?」
 すると、部屋の電灯がふっと消えた。同時にピアノの伴奏で音楽が奏でられる。
 この曲…!
「ハッピバースディトゥユウ。お誕生日、おめでとう、まりえ」
 礼一の声と同時にスタッフが更に乗った花火つきのケーキをテーブルに持ってきてくれた。 
 かわいいショートケーキのホールだ。ケーキの真ん中には「お誕生日おめでとう まりえ」と書かれたクッキーが乗っている。
「玲一さん…」
 あまりにも驚いてしまって、声が出なかった。デートだけでも素敵だったのに、まさか誕生日まで祝ってもらえるなんて。
 しかも、今日が自分の誕生日だということを、すっかり忘れていた。今までの人生で、誕生日をこんな風に祝ってもらえるのは初めてだった。
「私、こんなに…ここまで…礼一さん、私今、すごく感激してます。どうして誕生日がわかったんですか?」
 誕生日を伝えたことはなかったはずだ。
「最初に見合いしたときに、簡単な釣り書きを書いてもらっただろう。見合いの時は悪いが目を通していなかった。でも一緒に暮らすようになってから、チェックしてたんだ。どうかな、うまくサプライズできたかな」
「サプライズとか…自分の人生に起こるなんて、考えたこともなかった…」
 よくドラマに出てくるサプライズは見たことがある。まさか自分がサプライズされる側になるなんて、まりえは驚きを隠せなかった。
「こんなにしてもらって…なんて言ったらいいか…」
 玲一は、嬉しそうに笑って言った。
「言っただろう。君にはなんだってしてあげたくなるんだ。こんなの序の口だから覚悟しておけよ。さあ、ケーキを食べたらどうだ。ショートケーキ、好きだろう」
 そういえば、2,3日前に好きなケーキは、と尋ねられたことがあった。食べ物の話をしていたときだったから、そんなに不思議に思わなかった。そうか、すでにリサーチされてたんだ。
 まりえは、玲一の優しいはからいをかみしめるように、一口ずつ、丁寧にケーキを食べた。あまりにも嬉しすぎて、目に涙がにじんだ。
「…下心があるんだ」
 玲一は、ぼそりと言った。
「下心?」
「うん。俺はどうしてこんなに君の世話を焼きたくなるのか、自分でもわからなかった。君は俺が与えることに対してお返しがしたいと言って家事を完璧にやってくれてる。しかも楽しそうに。だから、なんていうか…契約結婚のつもりだったのに、俺はあきらかに、君に惹かれている。君といると毎日が楽しい。陳腐な言い方だけど、本当なんだ」
 まりえの心の中に、あたたかいものが流れた。少しでもお返しできたら、と思ってやってきたことが思いがけず、玲一の心にも届いていた。
 そして、玲一が正直に惹かれている、と言ってくれて嬉しかった。まりえはケーキを一口食べた。甘すぎない生クリームがおいしかった。しっかり味わってから、口を開いた。
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