超貧乏でしたが御曹司に溺愛されて身も心も癒されました
 平日にパーカー姿だったので、てっきりフリーターか何かかと思った。
「でもさあ、なかなかうまくいかなくて、さ。今、ピンチなんだよね」
 まりえはファミレスの窓の外を見ていた。曇り空が雨を連れてきそうだった。
「…だからさ、ちょっとだけ金、貸してくんない。50万でいいよ」
「えっ」
 まりえが上の空だった間に、話がとんでもないことになっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなの、困ります」
「旦那、金持ちなんだろ?ケチくさいこと言うなよ。お前と俺の仲じゃん」
 なれなれしい言い方に、背筋が寒くなった。そうだった、こんな突拍子もないことを平気で言い出す男だった。高校時代も「金がないならキャバクラで働けば?そん時、アガリは俺と折半な」などと言うので、嫌気がさして、逃げるように別れたのだ。
「っていうか、拒否るんなら、この写真、ばらまくけど」
 さっきからスマホをいじっていたのは、写真のログを漁っていたかららしい。
 そこには、シャツをはだけてブラが見えた状態のまりえの写真があった。
「!」
 田代の部屋に連れてこられ、キスされた。それ以上を求められたので、まりえは、突き飛ばして帰ったのを覚えている。あの時に、こんな写真を撮っていたなんて。
「私を脅す気、ですか…?」
 怒りをこめて、まりえは言った。
「そう言うなよ。50万なんて、ちょろいだろ。頼むよ。なっ」
 まりえは、青ざめて手のひらをぎゅっと握った。

                ◇
< 玲一サイド >
 父がアメリカから帰ってきてすぐ、体調不良で入院した。検査すると肝臓の数値が悪く、病院での療養を求められた。
 もともと俺と親父は、そりがあわない。というよりも、母親が俺にべったりな分、親父は俺に関心がなかった。仕事に関しても特にアドバイスはもらったことがない。業績をあげてもそ知らぬ顔だった。「身内に冷たい」ここまで徹底されると逆に笑えるくらいだ。
 入院した親父の病室に顔を出した時のことだった。親父から俺の結婚の話を口に上らせたときは、ストレートに驚いた。
「その竹岡まりえという女性は、ちゃんとお前にふさわしいんだろうな」
「もう高階まりえだよ」
 親父は、俺たちが入籍するとき、アメリカにいた。親父はここ2年ほど、半年は海外で暮らしている。
「聞くところによると、経済状態の悪い親御さんらしいじゃないか。大丈夫なのか、金銭感覚は」
「俺よりしっかりしてるくらいだ。家のこともよくやってくれてる」
 親父は、ふん、と鼻を鳴らした。
「人間は変わるぞ。特に金が絡むとな。そうやって金に目がくらんで周囲を巻き込んで失敗してきた人間をたくさん見てきた。そのまりえさんとやらが、嫁にふさわしいかお前、証明できるか?」
「証明?どうしろっていうんだ」
「それは自分で考えろ。俺にこの嫁ならまかせられる、と思わせるようにやるんだ。認められなかったら即離婚だ」
「な…!横暴じゃないか」
「俺のいないところでどんどん結婚話をすすめたのはそっちだろう。俺にも言い分があるのが当たり前だ。…しゃべりすぎたな。お前はもう仕事に戻れ」
 そう言って退出を命じられ、当惑しながら俺は病院を後にした。
 身内に無関心な親父だから、俺の結婚にも関心がないと踏んでいた。予想外の展開だ。うちの嫁にふさわしいか証明する?どうやって。
 何かいい方法がないかと、最近では仕事以外の時間は、その問題と向き合っていた。たぶんうちにいるときも上の空だったと思う。あの堅物の親父を納得させる証明なんて、と俺はまいっていた。
 そんな時、デパートでテナントの大野靴店の前を通った。
「高階社長、お疲れ様です」
 大野専務と言ったか、まりえの上司だったはず。
「その説は、妻がお世話になりました」
「いえいえとんでもない。ちょうどいい靴が入荷したんですよ。奥さんのまりえさんにいかがですか?」
 そういえば、まりえに靴を買ったことがなかった、と思い当たる。いいものです、と言われるままに何足か見せてもらった。
 中に、かわいらしいピンクのハイヒールがあった。以前、まりに買った服を合わせるときっとよく似合うはずだ。早速買うことにした。
「高階社長はご存じかもしれませんが、靴を女性に贈るということは、『これからの人生を一緒に歩んでいけるように』というプロポーズを意味します。プロポーズは何度されてもいいものです。まりえさんも喜ぶと思いますよ」
「…ありがとうございます」
 そうだった。親父の証明の件で忘れていた。俺はまりえと契約結婚ではなく、本当の夫婦になろうと言おうと思っていたのだ。もう何度も体を重ねるほど、まりえと俺はうまくいっている。俺の中で、妻はまりえしかいない、と気持ちが高まっていた。
 この靴のプレゼントは、その申し出のいいきっかけになるだろう。
 久しぶりに明るい気分になった時にスマホに着信があった。知らない番号だ、訝しがりながらでる。
「ヤッホー。玲一。ルイよ。久しぶりに会わない?こないだ大滝とは会ったのよ。玲一の顔も見たいなあ」
「ルイか。久しぶりだな。悪いが仕事が立て込んでる」
「そんなこと言わないで。私、玲一に買ってほしい靴があるの。それがあると、いろいろうまくいきそうなのよね」
「何を言っているのか、さっぱりわからない。それに俺は既婚者だ。女性と会う気はないね」
 そこまで言うと、ふふっとルイが思わせぶりに笑った。
「既婚者、ね。いつまでそれが続くかしら。靴のこと、考えておいてね、ダーリン」
 言いたいことを言うと、電話は切れてしまった。相変わらず一方的な奴だ。ルイの魂胆は、実はわかっている。開業したクリニックの資金繰りがうまくいってないと噂できいた、俺にすり寄ってきているのも、金目当てだろう。昔からわかりやすい奴だったが、変わらないな。
 事件は、その日の夜に起こった。
 まりえが珍しく俺につっかかってきた。
 最初は、俺が親父の入院のことを言わなかったのに不満があるようだったが、俺が買ってきた靴を見て、涙をこぼし始めた。
 俺は何がなんだかわからなかった。どうしたんだ、と言っても教えてもらえない。俺は仕方なく、本当の夫婦になろう、と告げようと思った。タイミングが悪いが仕方ない。
 なのに。まりえは、その言葉を聞かずに部屋を出て行ってしまった。

                ◇

 50万なんて、どうしたらいいんだろう…。
 今日の学校が終わった後に、50万を用意しておけ、と電話で田代に言われた。断れば、あの下着姿の写真がばらまかれる。見た人の中には、高階社長の妻だとわかる人間だっているはずだ。そうしたら、玲一に迷惑をかけることになる。
 確かに、玲一とルイの結びつきはショックだったけれど、契約結婚だったのだから、まりえは、受け入れるしかない。それよりも、これまでよくしてくれた玲一には、感謝すべきだ。迷惑はかけたくない。
 玲一には、入学金と受講料を振り込んでもらっているので、まりえはウェディングプランナーの学校を続けることができそうだ。学校が終わってから働いて、なんとかこのチャンスをこれからの人生に生かしたい。
 そんな風に考えていたのに、田代から脅迫されている。50万は大金で、これから自分で生活していかなきゃいけないまりえの方がほしいくらいだ。
 でも、断ったら、写真をばらまかれる…どうしたら…

 考えている内に、学校の授業が終わった。とにかく、今日、明日ではお金を用意できない、と正直に言おう。なんとかお金を渡す期日を先延ばしにしてもらって、何か解決策はないか、考えないと。
 そう思って、学校の前で待ち伏せしていた田代と、この間と同じファミレスにやってきた。
 ビールを注文した田代はすぐに言った。
「おう。持ってきたか」
「いえ、まだ…」
「あぁ?何やってんだよ。今日、もってこいって言っただろうが」
「そんな急に50万なんて用意できません」
「へえ。社長さんの奥さんでもかよ」
「!」
 まりえは、田代に玲一の職業なんて明かしていなかった。なぜ、知っているんだろう。
 まりえの疑問を察して田代がニヤニヤしながら言った。
「お前の実家の近所に行ったらさあ、お前の母ちゃんとばったり会ったんだよ。すげえダイヤの指輪に金のネックレスなんてしちゃってさ。はぶりいいっすねえ、って言ったら、娘が社長と結婚してねえ、って言ってたぜ」
 高校時代。田代はまりえのアパートまで送ってくれたことがあった。その時に母と会ったことがあったのだ。
 お母さん…!こんな時まであなたは私の足を引っ張るの…
「な、ちょろいだろ。お前なら50万なんて、はした金だろ。今度は絶対持ってこいよな」
 ドスの効いた声で言われた。
「無理なら、この写真…わかってるよな。社長さんのデパートに送っちゃうぜ」
 スマホの中の下着姿のまりえの写真を目の前にかざされる。
 どうしよう…言いなりになるしか、ないの…?
 その時、がたっと音がして田代の後の席の男性が立ち上がった。
「そういうことだったんだな。今のお前のセリフはボイスレコーダーに撮らせてもらった。明らかな脅迫罪だ。警察に突き出されるのと、たった今、その写真を削除するのとどっちがいい?」
「玲一さん!」
 立ち上がった男性は玲一だったのだ。
「どうしてここが…」
「まりえを学校に迎えに来たら、柄のわるい男と歩いていくのが見えたんで、何かあると思ってついてきたんだ。まさか、脅迫されているとはね」
 玲一は、間近で田代に写真の削除をさせた。田代は、警察沙汰になるのが怖いらしく、写真を削除すると、すごすごと去っていった。
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