超貧乏でしたが御曹司に溺愛されて身も心も癒されました
「玲一さん…ありがとうございます…」
 田代から解放された安堵感で、まりえは目じりに涙がにじんでいた。
「ここを出て、ゆっくり話したい。聞きたいことがたくさんあるんだ」
 まりえは、こくりと頷いた。
 二人は、公園のベンチに座った。大きな池が目の前にあり、風が気持ちいい。立派な大木が二人の背にあり、まぶしい日差しをさえぎってくれた。
「この間、まりえが泣いて出て行った時のことを、何度も考えたよ。でも、わからなかった。まりえの言っていることの意味も…。だから…まず、俺の気持ちから聞いてもらおうと思う」
 どきん、とまりえは胸の内がざわついた。
「契約結婚を解消したい」
 ああ、やっぱり…玲一さんは、ルイさんと一緒になるんだわ…
「そして、もう一度、結婚しなおしたい。正式な、本当の夫婦として」
「え!」
 まりえは、ぽかんと口を開けた。
「どうして…?だって玲一さんは、ルイさんと」
「ルイ?どうしてここで、ルイのことが出てくるんだ?」
 まりえは、ルイと会ったときのことを詳しく話した。
「…俺は、意外に信用されてなかったんだな。まりえがいるのに、他の女性とつきあったりしないよ」
「じゃあ、なんでルイさんは、あんな嘘を」
「あいつ、最近、俺の周りをちょろちょろしてるんだよな。どうやら自分で開業したクリニックの資金繰りがうまくいっていないみたいだ。俺とつながりたいのは、金目当てだよ。まりえと結婚したって聞いて、自分もいけるんじゃないかって思ったんじゃないか」
「はあ…」
「こんな話を、信じるまりえも悪いぞ」
「だって…タイミングよく、玲一さんが、靴なんて買ってくるから」
「だから、あの靴は君にと思って買ったんだ。大野専務にすすめられてね。…プロポーズに使うつもりだった。『これからの人生を一緒に歩んでいけるように』ってな」
「そう、だったんですね…」
 まりえは熱いものがこみあげてきて、大粒の涙をこぼした。
「じゃあ…私、玲一さんと別れなくてもいいんですか…?」
 半分泣きじゃくった声でまりえは、おそるおそる聞いた。
「そう言ってる。俺と、本物の夫婦になってくれ。幸せにするよ」
「は、はいっ…!」
 ついさっきまで、50万や、これからの生活について、あんなに思いつめていたのが、嘘みたいだった。仕事がまだ終わってない玲一のために、早く泣き止みたいのだけれど、喜びの涙はなかなか止まってくれなかった。
 気持ちが落ち着いてから、まりえは気になっていたことを打ち明けることにした。
「あの…私、ルイさんが、玲一さんが唯一高校時代に積極的につきあった女の子なんじゃないかって思ってしまったんです。玲一さんが特別に思ってたって大滝さんからも聞いていましたし」
 玲一は、少し考えてから口を開いた。
「その子はルイじゃないよ。全然ちがう。実は…その子が本当に好きだったのは、大滝だったんだ」
「え?」
「大滝に近づきたくて俺とつきあったんだ。真相を知った時、愕然としてね。しかも、大滝にはそのことを黙っていてほしい、と言われて…大滝は俺の親友だし、気持ちの整理をするのが大変だった。結局、大滝には当時彼女がいて、その子は大滝に告白もしなかった。それでも初恋だったからその心労はとんでもなくて…自分から彼女を作る意欲は根こそぎなくなったよ」
「大変だったんですね…」
 まりえは、玲一の立場になって考えた。どんなに辛かったことだろう。胸の内がぐっと重くなった。
 玲一は当時の事を思い出したのか、深刻な表情をしていたが、すぐに笑顔になった。
「だが、もういいさ。今はこんなに可愛い妻がいる」
 まりえは、くすぐったく思いながら、笑顔を返した。
 その夜。時計の針は深夜2時を指していた。まりえは、眠気が襲ってきたけれど、顔を洗って眠いのを追い払った。
 玄関で音がしたので、まりえはさっと出ていった。
「玲一さん。おかえりなさい」
「まだ起きてたのか」
 玲一が、驚きを隠さずに言った。いつもだったら、まりえが先に寝ている時間だからだろう。
「だって…本物の夫婦になった日だから…玲一さんにおやすみ、と言ってから寝たかったんです」
 玲一は無言で靴を脱ぎ、鞄を床に置いた。
 そして、まりえを抱き上げた。
「れ、玲一さん!」
 突然の動作だったので、まりえはびっくりして、声をあげた。
「そんな可愛いことを言われたら、もう眠れない。まりえを抱きたい。嫌か?」
 まりえは、かあっと赤くなった。おやすみなさいを言いたいだけだったけれど、本当は少しこういう展開になるのを期待していた。
「い…嫌じゃ、ないです」
「上等だ」
 玲一は、自分の寝室にまりえを運んだ。まりえは、はっとした。まだ一度も玲一の寝室に入ったことはなかった。
 玲一の部屋は、本が乱雑に散らばってはいたが、清潔な匂いがした。
「私…玲一さんの部屋に入っていいんですか?」
 ベッドにそっと置かれたまりえがそう言うと、玲一が頷いた。
「もちろんだ。俺の本当の妻なんだから」
「じゃあ、明日からここもお掃除…んんっ」
 玲一のキスでまりえの唇はふさがれた。すぐにまりえの口の中に、玲一の舌が入り込んできた。互いの舌が絡まると、まりえの足の間はぐっと熱をもった。
 長いキスの後、玲一は、まりえのパジャマを脱がしていった。そして、ブラをずらし、胸の先端にキスをした。
「あっ…いや」
 思いがけない快感がやってきて、思わず「いや」と言っていた。嫌なわけじゃないのに、自分の知らない気持ちよさに怖くなってしまう。でも、そんな思いも玲一から触れられていくと、甘くとろけていく。胸を責められて、足の間の熱は最高潮になっていた。うるんで音がしてしまいそうなそこを、玲一の指が思い切りよくかきまぜていく。
「ああ、あっん、んんっ」
 声を出したら恥ずかしいと思っているのに、出てしまう。熱に浮かされてどうにかなってしまいそう、と思ったころ、玲一が入ってきた。突かれるたびに、一体感が増し、触れてほしいところを貫かれた時は、甲高い声で叫んでしまった。慌てて、自分の両手で口元をふさぐ。
「まりえ、抑えないで」
 そう言われたのと同時に、まりえは快感の頂きに昇った。いやいやをするように頭を振るが押し寄せる快感の波はまったくおさまらない。
「まりえ、好きだよ」
 玲一のその言葉に、私も、というだけで精一杯だった。
 
 二日後。学校が休みの土曜日。午前中なら時間が作れるから、と玲一さんと一緒に車に乗った。
「どちらへ行かれるんですか?」
「親父が入院してるのは、母から聞いてただろう。見舞いというか…大事な話をしに行く」
 なるほど、とまりえは思った。ちょっときちんと目の恰好をしてほしい、と言われたのだ。まりえはシンプルだがすっきり感のあるグレーのワンピースを選んで着ていた。
 玲一の父親と会うのは初めてだから、少しばかり緊張する。
 病院に着くとエレベーターを使い、義父の病室にたどり着いた。
「父さん、入るよ」
 ベッドの上で本を読んでいた男性が、顔をあげた。白髪を横分けにして、背筋もしゃんとしている。実年齢よりお若く見えるんじゃ…とまりえは思った。
「これがまりえだよ。やっと紹介できた」
ぱあっと義父は顔を綻ばせた。
「ああ、君がまりえさんか。噂は聞いているよ。よくこんな奴と結婚してくれましたね」
 玲一とそりが合わないと聞いていたので、こんなに気さくに接してくれるとは思っていなかった。
「とんでもないです。玲一さんは、よくしてくれています」
「そうですか。最初だけにならないといいんですがね。まあ、息子のことをよろしくお願いしますよ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
 最初の挨拶はうまくいった、とまりえは安堵した。ふと、黙っている玲一の顔を見ると、厳しい目をしている。
 玲一さん…?
 玲一は、義父のベットに一歩近づくと、口火を切った。
「今日は、父さんとまりえに重要な話をしにきた」
「なんだ、あらたまって」
「高階百貨店の今後についてだ。父さんも知ってるだろう。百貨店はここ十年以上、ショッピングモールの進出や、ネット通販の隆盛で、顧客が減少する一方だ。それに若い者は、年をとってもデパートの顧客にはなならない。今は高齢者が主な客筋で、それもいつまでもつか…打開策を打つことが課題だったが、問題解決の兆しは残念ながら見えていない」
「どこの百貨店もそうだ。老舗ブランドをテコ入れすることで、うちの百貨店は何とか回っているはずだ」
 玲一は、きゅっと唇を結び、改めて言った。
「では…そのテコ入れ要員の老舗ブランドが虚偽の売上を啓上していたら?」
 義父の顔色が変わった。
「な…そんなこと、あるわけ」
「あります。現に老舗ブランドのRITSUKO、華屋、虎丸の三店舗が、架空仕入れと在庫隠しを繰り返していたことが、発覚した」
 義父は目をむいた。
「それにより膨大な額の負債が発覚し…もはや手の打ちようのないところまできています。もともとうちの百貨店は、その老舗ブランドに依存しすぎていた。高齢の客はその老舗ブランド目当てにやってくる事に安堵し、不正を見抜けなかった」
「それでは、うちの百貨店は」
「閉店という流れも視野に入れることになる」
 黙って話を聞いていたまりえも、はっと息をのんだ。
「なんてことだ…!」
 義父は頭を抱えた。
「海外に行かずに、わしがもっと目を光らせておけば…」
「ひとえに俺の管理の甘さからきている。申し訳ありません」
 そこまで言って、玲一は、まりえに向き直った。
< 20 / 22 >

この作品をシェア

pagetop