王太子だからといって思い通りにはさせません!
初夜
結婚式は、大聖堂で行われた。

宗教的な儀式は厳格な規範に従って、結婚の神聖さを象徴していた。

その後に続く宴会では食事、音楽、ダンスが楽しまれ、この国の貴族達の豪華な生活様式が披露される。
沿道ではパレードを見ようとたくさんの国民がつめかけパニック状態になり、規制線が張られた。

王族の結婚だ、単なる二人の結びつき以上の深い意味を持っている。
結婚はただの愛の結晶ではない。覚悟を決めての結婚だった。

これでもかというほど凄まじいスケジュールを終え、私はやっと夫婦の寝室で座る事ができた。

しばらくして王太子であるウィリアムが部屋へ入ってくる。

「急に決まった結婚だ。何か不明な事はないか」

急に決まったとはいえ、もし国外に嫁ぐことになるとしたらボルナットしかないと思っていた。この国の文化や歴史は早くから頭の中に叩きこんでいる。

「殿下のお手を煩わせるほどの事はございません。分からない事は侍従に聞きますので」

「そうか」

ウィリアムは頷き、豪華な猫足のソファーに腰を下ろした。
新しい王太子妃の為に揃えられたベッドとソファー、テーブルには貝殻をモチーフにした海を思わせる彫刻が施されていた。

「では、子どもをつくろう」

「え?」

突然の子づくり発言に驚いた。

「……すまないが、私も時間がない。急いでくれ」

結婚はしました。
けれど、こんな感じでいいのだろうか?

いいえ。

初夜ですから、もっと雰囲気を大事にするとか、妃を思いやって優しい言葉をかけるとか。
普通ありますよね?

「殿下。少しお話をしませんか?」

「……君は、何か話すことがあるのか」

「と、申しますと」

いかにも面倒そうにため息をつくとウィリアムは話し出した。

「私は大国の王太子だ。君は政略結婚でコースレッドから我が国へ来た。この結婚が政治である事は承知しているだろう」

「ええ」

「君は我が国ボルナットと、君の祖国コースレッドの平和を維持するために結婚した。この先国民に安心と安全を約束する証として、必要な結婚である」

「それは……」

「理解していると思っていたが、まさか今更面倒な事を言い出すのではあるまいな?」

ウィリアムは、またため息をつく。

え?ため息をつきたいのはこっちの方よ。

「殿下は」

「ウィリアム」

「はい?」

「ウィリアムと呼べ、よそよそしいと不仲なのかと思われるだろう」

「ウィリアム殿下は」

「ウィルと呼べ。その方が仲睦ましげだ」

何なのこの俺様な言い方は?仲睦ましげ?
彼は自分が勝手に決めた呼び名に満足したのか、それがいいなと頷いた。

「……ちょっと、あなた。人の話は最後まで聞きなさい!」

命令口調な彼に命令口調で返した。

「!」

ウィリアムは驚いて目を見開くと、眉間にシワを寄せた。

ここで下手に出ては、甘く見られる。
これから王太子妃として、国民に認められなければならない。王宮に仕える者たちに、価値が低く能力のない王太子妃だと軽視されるわけにはいかない。


「ウィル、貴方は私の旦那様です。この国の王太子。その方があろう事か女性差別主義者、妻を軽視する女性蔑視の考えのある方だとは思ってもみませんでした」

「な……なにっ?」

「それとも我が国、コースレッドを馬鹿にしていらっしゃるのかしら?お互いの国同士、互いに認め合い尊重する事は、文書による国際法上の明示の合意で二国間で決定している事。どちらが有利だとか上であると言った事はないはず。それは貴方の国が大国であったとしても変わりません」

「……な、んと」

ウィルは言葉を失った。

「二国間条約の下、私たちは政略結婚いたしました。それは私も理解しています」

「……」

「貴方は、私の夫でありますが、それ以前にこの国の王太子殿下であられる。その王太子殿下が、妻一人まともに扱えないとあっては国家の恥」

ウィリアムは鋭い視線で私を睨みつけた。

「で、何が言いたい」

「貴方が妻の手綱を握って、ちゃんとうまく扱えていると思われるかどうかは、私の態度により決まるという事です」

「君は私の言うことをきかないと言っているのか?」

なんであんたの言うことを聞かなきゃいけないのよ。

「私は、王太子妃で、貴方の妻です。勿論政略結婚であっても、妻として夫のあなたを立てて、国に忠誠を誓う事はやぶさかではありません。だって神の前で誓いましたもの。ただ、そうして欲しければ、そうしたくなるような振る舞いをなされるべきです」

彼は、赤らんでいた顔をさっと元の冷酷な表情へと変化させた。
さすが王太子、怒りのコントロール方法は学んでいるようだ。


「少し、考えを整理するべきだな。互いが、この結婚に求める条件を提示しよう。これは二人の間で取り決めるものとする。私は、国民や宮殿に出仕する者、国王や王妃に心配をかけたくはない」

ウィリアムは立ち上がった。

「君は今日は忌み日という事だな。初夜は無理らしい」

彼はそう言うと私を一瞥し、部屋を出て行った。

私はピンと伸ばしていた背筋の力を抜いて、背もたれに身体を預けた。

「……初夜はどうするのよ」

誰もいなくなった夫婦の寝室で一人取り残された。まぶたを閉じると、深く息を吐いた。

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