王太子だからといって思い通りにはさせません!


ウィリアムside
困ったものだ。

あのように生意気な王女だとは思いもしなかった。
山積みの書類を前に、執務室の天上を見上げ嘆息する。

「彼女の扱い方がわからない」

執務を手伝っているジェイがニヤリと笑った。
女好きで少し遊び人なところはあるが、ジェイは仕事ができ優秀な私の右腕だ。

「私には、自分の意見をちゃんと持っていらっしゃる聡明な方のように見えますよ」

彼は幼馴染みで私が気を許せる数少ない友人の一人でもある。身分に関係なくものを言うが、嘘がない発言は信用できる。
だが、ステラの本質を見極めていない。


「コースレッドでは、恵まれない者の為に基金を立ち上げていたようだ。有能な王女だときいている。だが、彼女は王太子妃として、一歩下がって私の後ろに控える性格ではないだろう。自らが前に出て目立ちたいタイプなのかもしれないな」

「後ろに控えるのではなく、横に並んで共に支え合える方だと思いますよ」

「なんだ?ジェイはやけにステラの肩をもつな。彼女の見た目を気に入ったのか」

「ハハ、まさか王太子妃様をそんな色眼鏡で見たりはしません。ただ、ものすごく美人だなと思います。あんな綺麗なお嫁さんがいたら、仕事なんて放り投げて屋敷に毎日直帰です」


確かに、彼女を初めて見た時は驚いた。
絵姿で確認していたが、だいたい絵姿は実物より三割増しに美しく描かれるものだ。

それほど期待はしていなかった。
なのに……

透き通るような白い肌。バランスの取れたスタイル。きちんと整った目鼻立ち。
豊かな波打つローズレッドの髪。
深い緑色の瞳に吸い寄せられるように魅入ってしまった。

何より私の好みの顔だった。


「いくら美しい姿だったとしても、女性には可愛さが必要だ。私に従順であって欲しいものだ」

「子供の頃から自分に媚び(へつら)うものに囲まれて、嫌気がさしていたでしょう?周りを取り囲む令嬢たちにうんざりしていたではないですか」

確かに、いつもベッタリと纏わりつく令嬢には辟易していた。

「しかし、妃として私をもっと尊重すべきだ」

自分の夫を敬うのは当たり前の事だろう。

「尊重……ステラ様に殿下を敬えとおっしゃったのですか?妃殿下がなにか不敬なことをされたのですか?」

彼女は、同じように自分も敬ってほしいと言っているのだ。
だが不敬に当たるかどうかは微妙なところだ。
そんなことをジェイソンに詳しく説明する必要はない。

「いや、まぁ、問題を起こさなければそれでいい。聡明なのはわかる。ちゃんと王太子妃としての責務を果たしてくれれば文句はない」

彼女の行動に一喜一憂するつもりはない。
私は公務で忙しいんだ。

「今までどんなご令嬢にも興味を示さなかったウィリアム殿下が、妃殿下のことを気にされる。それ自体、私にとっては興味深いです」

ジェイは、珍しいものでも観るような顔をした。話を聞きたそうだ。

「どこかの貴族令嬢ではない。彼女は私の妻だ。気にするのは当たり前だろう」

なるほどとジェイは頷く。
何でも知っているかのようなジェイの顔、まったく腹の立つ奴だ。

「それでも新婚なんですから、殿下は侍女や秘書任せにせず、ご自分でご機嫌伺いに行かなくてはなりません。女性というのは構ってもらわなくては拗ねてしまいます。面倒なことになる前に、互いの仲を深めなくてはいけないでしょう」

遅い。もう面倒なことになってしまっていると思った。

だけど彼女とは、ちゃんと書面で契約を交わしている。

「仲を深めるも何も、世継ぎをつくるのが彼女の仕事だ。ステラはそれをちゃんと理解している。それ以外は仲を深める必要などないだろう。コミュニュケーションをとらずとも、子はつくれるからな」

「ああ……大丈夫ですか殿下?」

「ん?」

何が問題なんだ。

「もしかして、閨の教育を受けたからといって、それだけで十分だとは思っていませんよね?義務で行うものではない……あの……大丈夫じゃないかもしれない」

「何を言っているんだ?」

「殿下は女性の扱いに慣れていない」

扱いなら慣れている。夜会では必ずエスコートするし、茶会などでも会話も相手を退屈させない程度には話を振ることもできる。
貴族のご婦人などには人気もあるし、笑顔でレディーファーストもしている。


「紳士としてのふるまいで、今までに注意された事など一度もない。どんな令嬢も私を見ると目を輝かせてすり寄ってくる。それは身分によるものだけではないぞ」

「まぁ、たしかに。ウィリアム様は女性に人気があります。距離感も間違わず、紳士的です。節度を持ち、破目を外さない。だからといって、それが良いとは限らないですが」

なんだその含みのある言い方は。

「歯の浮いたような誉め言葉や、思ってもいない愛を耳元で囁くなど、そんな恥ずかしいことはできない」

「思わないなら言わなくていい。でも、思うなら口に出した方がいい場合もあります」

きっとジェイは女性の扱いに対して私に説教をしたいのだろう。
そんなものは必要ない。
彼女とは文書を交わした。

わざわざ彼女に気に入られるよう、機嫌を取る必要はない。
私は少し不機嫌になり、ジェイを睨んだ。


「……働け。仕事が溜まっていくぞ」


「御意」

言いたいことがありそうだが今は仕事中だ。
ジェイはこめかみに指をあて、仕事をし始めた。


ドアがノックされ、入り口に立っていた護衛が入ってきた。


「殿下、ナージャ様がお越しです」

彼女を中へ通すように命じる。

彼女は乳母の娘で伯爵令嬢。幼い頃から知っている。今回はステラの秘書として細かい世話を任せていた。


「失礼いたします」

彼女は美しいカーテシーで挨拶し、室内に入ってきた。
教育を受けた女性特有の足取りで私の前までやって来る。


「で、ステラの様子はどうだ」

彼女はおもむろに息を吐くと、少し困ったように眉を寄せた。

「ステラ様は、殿下に感謝をされています。離宮を使えることがとても嬉しいご様子でした。けれど、ボルナット製の家具は必要ないと仰せです。それならコースレッドの物を取り寄せましょうかと申しましたが、今あるもので良いと頑なに拒否されました」

「今のままとは、私が使っていたテーブルや椅子をそのまま使用するという事か?」

「はい。新しいものはいらないそうです。殿下の心遣いに対して、少し偏屈になってらっしゃると思われます」

新しく揃えろと言った私の好意を無碍にするとは腹立たしい。
けれど表情には出さないよう注意する。


「まぁ、私がステラの好きにするように言ったのだ。彼女がそうしたいのなら放っておけ」

可愛げのない妃を迎えてしまったと心の中で悪態をついた。
せめて、王太子妃としての仕事だけはきちんと果たしてもらいたいものだ。

「ナージャ、ステラ様の評判は君の腕にかかっているよ。悪い評判が出てしまうと、君の責任問題になってしまうからね」

横からジェイが口を挟んだ。
王太子妃に変な噂が出ないよう、言い方に気をつけろという意味だ。

「承知しております。ウィリアム殿下にはステラ様の様子を包み隠さず報告したまでです」

「ジェイ、ナージャに報告するよう言ったのは私だ。彼女を責めるな。ナージャ、今後もステラのことをよろしく頼むよ」

私はナージャにねぎらいの言葉をかけ、彼女を下がらせた。



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