王太子だからといって思い通りにはさせません!




舞踏会
それから三週間が経った。
今日は王家主催の大規模な舞踏会だ。
 
宮殿の大広間だけでなく、庭園や温室も客人が自由に観て回れるように解放されていた。
国外からの賓客も多く参加している。

国王陛下はじめ、王家の皆は招待された要人たちへの挨拶で忙しかった。
私はウィリアムと共に客人からの挨拶を受けていた。

ウィルは王太子らしく、派手な衣装にも負けない存在感があった。


一度紹介された方の名前は、絶対に覚えなければならない。私は緊張しながら会場を回った。

「王太子殿下の瞳の色に合わせたドレスでいらっしゃいますね。とても麗しい」

「ありがとうございます」

「こんなにきれいな王女様とご結婚されるなんて、ウィリアム殿下は
なんと幸運なのでしょう」

「光栄に思います」

「何かと不自由なこともあるでしょうが、ボルナットは大国ですから、コースレッドの国民も喜んでいるでしょう」

「……そうですね」

なにか含んだような言葉も、気にせず微笑んで挨拶をする。

王太子妃としての顔を、皆に覚えてもらはなくてはならない。
美しい身のこなしで、凛とした姿を宣伝する。

公王陛下や王妃様重臣たちも、私の振る舞いに満足そうだった。
少しほっとした。



彼が合図を送る。

「ステラ、そろそろダンスが始まる」

「はい」

王室で位の高い者からダンスを踊る。
一番目立つし、皆の注目を浴びる。
緊張するが、祖国でも最初に踊ることは多かった。慣れているので大丈夫だ。
ウィリアムの腕に手を添え、私はホールの中央へ出て行った。

「ステラ……踊れるな?」

「ご心配には及びません」

宮廷楽団が演奏を始めた。
ワルツだ。

国王陛下と王妃様が優雅に踊りだす。
ウィルの左手は私の手を軽く握り、彼の右手は私の背をしっかりと支える。

続いて私たちも踊りだす。

「一緒にダンスするのは初めてですね」

「あぁ。リードする」

彼は私の背中に手を添えて、背骨の軸を中心にクルリと回転した。
遅れないようついて行く。
男性に体を預けたほうがスムーズに踊れる。私はウィルのリードに身を任せる。

いつの間にか、私たちは続けて二曲目も踊っていた。
貴族たちが称賛の拍手を贈る。

とても気持ちが良かった。
強引でもなく、かといって遠慮したようなダンスでもない。

「うまいな」

ウィルが褒めてくれた。

「ありがとうございます」

羽のようにふわりと彼についていく私はまるで妖精のようだ。
とても踊りやすかった。

「素敵だわ」

招待客からため息が漏れる。
ピクチャーポーズで曲が終わった。


「見事なダンスでしたね。息がピッタリ合っていた」

ひとりの男性が王族の前でも緊張することなく、話しかけてきた。
がっしりした体形の異国風の顔立ちの男性だった。

「彼はカーレン国のムンババ大使だ。この国には三年駐在している」

ウィルはムンババ大使を私に紹介した。

カーレンと聞いて、彼の母国語で挨拶をする。
ムンババ大使は一瞬驚いたような表情をしたが、笑顔で挨拶を返してくれた。

「我が国の言葉を使っていただくのは嬉しいですね」

外国の大使という地位もそうだが、紳士的な態度で端正な顔立ち。女性たちが放っておかないだろうと感じた。

「実は挨拶しか分かりません。カーレンはとても豊かな国だと聞いております」

「ありがとうございますステラ殿下」

私たちはムンババ大使と共に談笑した。
この国の出身ではないからか、大使とは話しやすかった。

「ウィリアム殿下には仲良くしてもらってるんですよ」

「ムンババ大使は、公私にわたり世話になっているんだ」

ウィルと大使は気の置けない友人という関係らしい。

「そうですか。今後ともよろしくお願いいたします」

そのうち、いろんな貴族たちが輪の中に入って来た。
皆、私に声をかけて話に引き込もうとする。
誰もが新しい王太子妃と話しをしてみたいのだろう。



「殿下、ステラ妃とダンスを踊ってもよろしいでしょうか?」

ムンババ大使が、ウィルに訊ねた。
私をその場から引き離してくれるようだ。

こういう事に気が回る大使は凄いと思った。
渡りに船という感じで私が彼の手を取ろうとすると。


「あ……駄目だ」

ウィルが思い出したかのようにムンババ大使のダンスの誘いを断った。

「え?」

「いや、すまない大使。ステラは挨拶回りがまだ終わっていない」

そうだったのかしら?もう十分挨拶したと思っていたので、少し億劫になった。

「では、ムンババ大使。後ほどまたよろしくお願いします」

ニコリと笑って、大使のもとを去ることになった。


「ウィル、どちらに行きましょう?」

まだ、重要な方を紹介されていなかったのだと思い、ウィルの後について行った。
彼はどんどん歩いていって、宮殿の庭まで出て行く。

「外ですか?」

「ああ」

まだまだ歩いて行って、裏口から温室の中に連れて行かれた。

ここに重要人物がいるとは思えない。
ウィルの顔を覗き見た。


「何か飲み物を用意してくれ。二人分だ。直接取って来てくれ」

護衛のために騎士がついて来ている。
彼らのうち一人が「承知しました」と返事をして温室を出ていった。


「少し挨拶回りで疲れた。休憩だ」

ウィルは温室の椅子に腰を下ろした。私も勧められるまま椅子に座った。

この温室は、中央に人口の池が作られている。
池の周りに沿うように、いくつかのテーブルと椅子が配置してある。

水が流れる音がするが、他に人がいるような気配はない。

「挨拶はよかったのでしょうか?」

王家主催だというのに主役が抜け出していいのだろうか。

「もう十分だ。ここは立ち入り禁止になっているから誰も入って来ないだろう」

「休憩ですね」

「ああ」

彼は、ふっと笑った。

ウィルは首元に指を入れて、襟を緩めた。
私も肩の力を抜いた。
ドレスは宝石が散りばめてあり、衣装はかなり重たかった。
それでダンスを続けて踊ったので流石に足も痛かった。
休めるならありがたいと思った。

ウィルは肩のコリをほぐすように首をぐるりと回して私に告げた。

「今日は少し遅くなると思う。先に寝室で待っているように」

今日は子づくりの二ヶ月目の閨の日だった。
残念ながら前回の行為で妊娠はしなかった。
舞踏会がある日なので、今日の閨はなくなるかと思っていたがウィルは行うらしい。

『疲れているでしょうから本日は……』

という言葉を呑み込む。
前回いらぬことを口走ってしまい、彼とぎくしゃくしてしまったのを思い出した。

「承知しました」

私は薄暗い温室の中でウィルに静かに返事をした。
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