光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。

第十三話 絶賛逃亡中

森の中をひたすらに馬で駆けて、すでに夜になっている。月が出てないせいか、ずいぶんと暗い。すると、ヴェイグ様が馬を突然止めて、カンテラの灯りを消した。



「ヴェイグ様……どうしましたか?」

「誰かいる……セレスティアは、離れないように……」

「は、はい!」



こんな森に誰が? 

背後に密着しているヴェイグ様を見上げると、森の奥を一線に見ている。その森の中の樹々から一瞬光が放たれた。

その光は、見覚えのあるものだった。誰かが光魔法を放ったのだ。



「きっと聖騎士です……魔物討伐の要請があったのかもしれません」

「どうりで、街に騎士たちが多いと思えば……そのせいだったのか。まぁ、ちょうどいい。少しこの辺りで休もう」



そう言って、先に馬から降りたヴェイグ様が私を抱えて降ろしてくれる。

口は悪いのに、ヴェイグ様の仕草は照れるほど優しくて、私だけが動悸がしてしまう。



「ヴェイグ様。見つかりませんか?」

「大丈夫だろう……戦闘に夢中で、こちらには気付いてない。今のうちに休んだ方がいい」

「はい」



馬は、川辺で魔物討伐の争う音に時折びくりとしながら水を飲み始めた。ヴェイグ様は辺りを警戒している。



誰が魔物討伐をしているのか、戦闘の音が少しだけ聞こえている。そして、日が落ちているのに、眩く光を放ち時々明るくなる。

おかげで、灯りを灯す必要すらない。



聖騎士なら、私がここにいることを不審に思われるかもしれない。きっとマティアス殿下と婚約破棄したことをまだ知らないだろうし……。

すると、ヴェイグ様が何かに気付いたようで、辺りを見回した。



「……妙な気配を感じるな」

「どこまで探索のシードを使いこなしているんですか……馴染むにもほどがありますよ」

「元々素質があるのだから、仕方ない」



何でしょうか。マティアス殿下とは違うけど、ヴェイグ様も自信過剰のような気がする。



「セレスティア。こっちだ」



そう言って、妙な気配のする方向へとヴェイグ様と行く。離れるなというから、どこに行くにも一緒になってしまう。そして、ヴェイグ様は、私の肩から手を離さない。



ヴェイグ様に連れられた樹の側にいくと、『きゅぅぅ……』と力ない鳴き声が聞こえた。

ほんの少しだけヴェイグ様の手から離れて木陰を覗き込むと、小さな竜が弱々しく横たわっている。



「ヴェイグ様……竜です」

「小竜の一種だ……身体はあまり大きくならない羽竜だな……もしかして、カレディア国の聖騎士たちは、これの討伐に来ているのか?」



そっと抱き上げると、警戒なく腕の中に収まる羽竜を撫でた。



「大人しいですね……」

「……討伐しているのは、この羽竜の親か?」

「わかるんですか?」

「まぁ、そうだな……戦闘中は、数人か……」



探索のシードを使い、気配を探ることに集中しているヴェイグ様をよそ眼に、羽竜に癒しの魔法をそっとかけようとすると、警戒している竜が急に黒炎を吐いた。

羽竜の吐いたのは闇を纏った炎だ。



「セレスティアっ……」

「……っつ!!」



すかさずにヴェイグ様が私を後ろに引き寄せて庇った。そのおかげで、ほんの少しだけ私に纏おうとした闇が私に侵食することが防いだ。



羽竜は、聖騎士を警戒しているせいか、そのまま飛んで行ってしまった。



「……大丈夫か。セレスティア」

「私……」

「大丈夫だ……こちらを向け」

「いや……」



後ろからヴェイグ様に抱きしめられている。震えそうな私の身体を彼がさらに力を入れて抱き寄せる。



「セレスティア。闇に飲まれるな。もう消えている」



ヴェイグ様の声にハッとすると、私の周りにはあの黒炎はない。そっと首を捻って見上げると、心配しているヴェイグ様と目が合う。



「大丈夫だ……何も、いつもと変わらない。大丈夫だ」

「はい……ヴェイグ様も無事で良かったです」

「必ず守るから、何も気にすることはない」



慈しむような腕の中に包まれている。私を守ると言ってくれたのはヴェイグ様だけだった。

探索のシードの詫びとはいえ、私にはそれが新鮮で……不思議な気分になっていた。



__ヴェイグ様に抱擁されたままでいると、また森の奥が光った。それに我に返った。



「ヴェイグ様……早く逃げないと……っ」

「ああ、そうだな……近くに来ているみたいだな」

「早く言ってください!」



そう言って、樹の陰にヴェイグ様と隠れた。足早な音も響き、魔物の嘶きも聞こえる。

慌てる私と違って、ヴェイグ様は落ち着いたままで、樹にへばりつくように隠れていた。



「……魔物を一掃するんだ! 闇に侵食されるな!」



声を張り上げて指示しているのは、銀髪碧眼の聖騎士のロクサスだった。そのあとに続くように、聖騎士たちが魔物を追いかけてきている。その後ろの聖騎士たちは、光魔法で周辺の闇を払っていた。



「ロクサスだわ……ここに来ていたのね」

「知っているのか?」

「魔物討伐ばかりに駆り出されていますけど、能力が高くて筆頭聖騎士はロクサスです」



でも、光魔法で周辺の闇を払っているということは……



「まさか、この辺りは闇に侵されていたのですか?」



気付かなかった。感知能力が低いとはいえ、聖女なのに気付かなかったのだ。やっぱり、私は聖女として不自然だ。そう思うと、背後で一緒にロクサスを覗いているヴェイグ様の手が不意に私の顎に添えられた。



近づいてきたヴェイグ様の顔は一瞬で、突然唇を塞がられて思考が止まる。そして、そっと離れた。



「……あなたは、いったい何を考えているのですか?」



手が早いのです。ヴェイグ様に躊躇というものがない気がしてきた。

恥ずかしがり両手で唇を覆っている私と違い、ヴェイグ様は頬一つ染めない。



「セレスティア」

「何でしょうか」

「今のうちに出発するぞ。聖騎士たちは、こちらにはまったく気付いてない。今なら、戦闘中で気付かれにくいだろう」



そうだった。逃亡中だった。急いで逃げなければならなかったのだ。

ヴェイグ様のせいで、一瞬忘れていた。



しかも、ロクサスに見つかると色々面倒だ。それとも、私を可哀想だと思って逃がしてくれるのだろうか。

しばらく会ってなかったけど、年上のロクサスとは昔から話すこともあった。でも、いつも討伐任務で、聖女機関どころか王都にほとんどいなくて……久しぶりに見た姿は昔とあまり変わらないままだ。



「セレスティア。好きだよ。お前に惚れた」

「……」



ロクサスの視線を移していた私に、よそ見するなと言いたげに馬に乗ろうとしたヴェイグ様が突然の告白をする。そのせいで、ロクサスから目を離してしまった。



「返事は? 何か言うことはないか?」

「……情緒不安定になるので、少し黙っていただけますか」

「どういう返事だ! そんな返事を返されたことなどないぞ……!」



ヴェイグ様が少し怒ったように言うけど、私は前触れのない告白に、頭が真っ白になっていた。













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