光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。
第二十四話 夕食時のお客様
夕食になると、晩餐スタイルに執事のシオンと下僕フットマンが給仕をしてくれている。
カレディア国とシュタルベルグ国では、あまり食材も料理も変わらないために、食べやすい料理ばかりだった。
最後のデザートもお茶も美味しい。
「ヴェイグ様。お仕事は大丈夫ですか? いつも何をやっているんですか……カレディア国ではいったい何を……」
「光の祝祭の警備の確認と……あとは秘密だな。探索のシードのおかげで、予定よりもずいぶん早く終ったし……」
「いったい何に使っているんですか?」
「そうだな……セレスティアを見つけられて良かったと思うだけだ」
やっぱり、思った通りはぐらかされてしまった。でも……。
「……ここにいて、迷惑がかかりませんか? 仕事が終わったなら、探索のシードを返してくだされば、私はそれを使って逃げますので、婚約しなくても大丈夫ですよ。もし国際問題になれば……」
「別にどうでもいい。仕事はするが……探索のシードも返さない」
「国際問題になると、シュタルベルグ国に迷惑がかかりますよ」
「切り札はまだある。セレスティアとも別れないから、気にしなくていい。だから、気にせずに茶を飲め」
本当に不思議な人だ。王太子殿下の元婚約者でそれに乗じて解任された聖女なんて厄介者そのものだと思う。それ以上に、私の容姿を気にしないなんて……。
「どうした?」
「……お顔がよろしいなぁ……と」
「知っている」
自信満々に返事をされると、こちらが返答に困る。悪そうな笑顔で見つめられて、照れてしまう。思わず、俯いてお茶を飲んだ。
すると、食堂にもう一人の下僕フットマンがやってきて、シオンに手紙を渡すと、それをシオンがトレイに乗せてヴェイグ様に差し出した。
「ヴェイグ様。手紙が届きました」
「誰だ? カレディア国の王太子殿下か?」
「それが……陛下からのようで……」
「兄上から? たった今、しばらく王城に帰還しないと決めたばかりだぞ」
ヴェイグ様が受け取った招待状は、陛下からの封蠟があった。それを、怪訝な表情で開けている。
「……晩餐会の招待状だ」
「早く帰ってこい、ということでは?」
カレディア国から、シュタルベルグ国に逃亡して来て、はや数日。ヴェイグ様は、陛下への報告にアベルを使いにやっていたけど、陛下はヴェイグ様からの報告を聞きたいのではないだろうか。カレディア国には、仕事で来たと言っていたのだから。
「そうだろうな……シオン。王城にはしばらく帰還しない。そう返信するからそのつもりで」
「かしこまりました」
そう言って、後ろに控えているシオンに招待状を返すと、アベルが「失礼します」と言ってやって来た。
どうやら、手紙と一緒に帰って来たらしい。
「ヴェイグ様。お客様が……」
「客? 誰だ? カレディア国の王太子殿下か? 兄上の使いか?」
「さっきから、不吉な名前を出さないでください」
マティアス殿下が、こんなところまで追いかけて来たら引きますよ。どこまで、私を側妃にしたいのか。
私の言葉を気にせずに、アベルはヴェイグ様に要件を告げている。
「それが……リリノア様で……」
「追い返せ」
「もう来てますから……」
即答するヴェイグ様に、アベルが困り顔を見せる。その後ろからは、可愛らしい令嬢が顔を覗かせた。
「ヴェイグ様!」
花開いたような可愛い顔を紅潮させてヴェイグ様に駆け寄ってくる彼女に、ヴェイグ様は逃げるそぶりもない。
「リリノア。どうしてここに?」
どうしても何も、陛下への報告にアベルをお使いに出したから、その帰りに一緒に来たのではないでしょうか。
「お帰りになっていると、伯母様からお聞きしました。王城に帰るのを待っていたのですけど……」
「王妃が、行けとでも言ったか?」
「そんな……滞在の許可を出してくださっただけですよ?」
「俺の許可を取ってくれ……」
テーブルに肘をついて頭を抱えたヴェイグ様をよそ目に、リリノアと呼ばれた令嬢が私の方を向いた。
「初めまして。ヴェイグ様の婚約者のリリノア・シュレイダです」
「婚約者? ……ヴェイグ様の?」
「はい。私はシュタルベルグ国の王妃の姪です。そちらは……」
「失礼しました。私は……セレスティア・ウィンターベルです」
立ち上がってリリノア様に礼を取ると、ヴェイグ様がジッと私を睨む。負けじと私も彼に睨み返した。
「セレスティア。婚約者が抜けている」
「そうでしょうか?」
婚約者とリリノア様が名乗ったのだ。ヴェイグ様の身分を考えたら、婚約者がいてもおかしくないし、そう思えば疑いはないと思えた。
「婚約者? それに、セレスティアって……カレディア国の王太子殿下の……」
「私をご存知ですか?」
「王太子殿下の婚約者の名前はお聞きしたことがあります。聖女が婚約者だと……」
「その王太子殿下と別れたから、俺とセレスティアが婚約をした」
ヴェイグ様が付け足してそう言った。
婚約者がありながら私と婚約したのは、やはり探索のシードのお詫びだったのだろう。少しだけ胸がチクンとした。
でも、私は無事にカレディア国の城を脱出できたのだから、胸がざわつくのはおかしくて……。
そんな私の様子など気にもしないリリノア様が、ヴェイグ様に言う。
「……ヴェイグ様。第二夫人は、せめて私と結婚してからにしてください」
「第二夫人ではない。婚約者はセレスティアだけだ」
「でも、ヴェイグ様。私は王妃様からの紹介で結婚相手になっているのですよ」
「正式に婚約を結んでいるわけではないだろう。セレスティアを勘違いさせるような発言には注意してくれ」
ヴェイグ様がきっぱりと言うと、席を立って私の腕を掴んだ。
リリノア様は、目を潤ませている。
「どうした?」
「だって……せっかく来たのに……」
「また父親に何か言われたか?」
今にも泣きそうなリリノア様を見て、ため息一つ吐くとヴェイグ様が私の手を離して、小さく身体を震わせたリリノア様をそっと抱き寄せた。
「……リリノア。邸に滞在してもいいが、問題は起こさないでくれ。部屋はいつもの部屋を使え」
「はい……でも、お話をしてくださいますか?」
「少し忙しいのだが……リリノアも、ここではゆっくりできるだろう。侍女と休んでいなさい」
そう言って、リリノア様を離すと、彼女の目尻の涙が止まっていた。
「セレスティアも、部屋で休もう。俺は少し出てくる」
「そうですね……でも、一人で大丈夫ですから……」
「俺が部屋まで送りたいのだよ」
ヴェイグ様が、再度私の腕を掴むと、お茶の給仕をしていたシオンが淡々とリリノア様に「お部屋にお茶をお持ちします」と言っていた。