光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。

第三話 頭が高いですわ

紙の書類を簡単に突き破り、机にペンが突き立つと、マティアス殿下がびくりと肩を揺らした。



「では、失礼しますわ。王太子殿下」



そう言って、踵を返して執務室を出ると「話は終わってない」と怒ったマティアス殿下が追いかけてくる。



「セレスティア! 待て! 君はしばらく謹慎だ!」

「お断りです。謹慎の理由がありませんわ」

「理由はある! 王太子殿下の婚約者でありながら、不埒な真似をしたんだぞ。それに聖女の資質も考えものだ」

「だったら、すぐに聖女を解雇なさればよろしいのです」

「その髪色を何とも思わないのか!? 聖女は光のシード(魔法の核)が選ぶ聖なる存在だぞ。それなのに、君の髪色は1年も前から、黒髪が現れているじゃないか!」



聖女になれば、力が強いほど髪色が光が交わる様に明るくなる。ウィンターベル伯爵家の青色だった私も、瞬く間にクリスタルブルーのような薄い色味になっていった。



それが、今ではメッシュを入れたように一部分が黒い。マティアス殿下は、聖女らしくなくなっていく私が嫌いなのだ。



「セレスティア!」

「……っつ!!」



思いっきり腕を掴まれて痛みが走る。天井から落ちてきた男のせいで瓦礫で腕を痛めていた。腕どころか、少しだけ怪我もしている。そんなことをおかまいなしに、マティアス殿下が無理やりに腕を掴んだ。



「謹慎が不服なのか? それなら、罰は別のものにしてやってもいい」

「何もかもお断りです」

「まだ、話してない! それに、不埒な噂はすぐに広まるぞ。このままだと、本当に聖女では無くなる。それが嫌なら、私に仕えろ!」

「婚約破棄をした聖女を仕えさせてどうするのです。私を側妃にするつもりですか?」

「望みならそうしてやってもいい。妃を補助する役目を与えてもいいと思っている」



マティアス殿下の浮気相手は間違いなくエリーゼだろう。彼女は私よりも下だった。

その彼女の代わりをさせるために、私をエリーゼの影にしようとしている。

それに至極腹が立ってしまう。



「王太子殿下」

「なんだ。わかってくれたか?」

「頭が高いですわ」

「誰に向かって言っている!!」



苛ついたままで、つい言ってしまう。



「王太子殿下にですわ。私に触れないでください。私は、今しがた婚約破棄をしたのです。あのサインをした時点で私と王太子殿下は他人なのですよ」



冷ややかに怒りを抑えて言うと、マティアス殿下がカッと顔を赤くして、彼の手が振り上げられた。



「このっ……」



ああ、ひっぱたかれる。これを理由に慰謝料の減額を訴えてやろう。

そう思って、そっと瞼を閉じた。



それなのに、ひっぱたかれると思った手のひらは私にこなかった。



「……王太子殿下ともあろう者が、女性に手を上げるとは少々考えものだな」



そっと瞼を開けば、誰かがマティアス殿下の手を私から引き離して、私を庇うようにマントを広げた。



「王太子殿下。先ほどは失礼した。だが、これはどういうことですか?」

「貴殿は……」

「そこの女性も、覗きとは少々品位を疑うが?」



私を庇ったのは、あの天井から落ちてきた男だ。

艶のある黒髪に切れ長の黒い瞳。少しだけ緋色にも見える。すらりとした高身長に、大きなマントで私をマティアス殿下から庇ってくれたこの男が、廊下の柱に鋭い視線を向けた。



柱の陰からは、エリーゼが気まずそうに現れた。



「わ、私はマティアス様に呼ばれて……」



決して覗きではないと言い訳じみたように言うが、目線はマティアス殿下に助けを求めている。そして、頬を染めてこの天井から落ちてきた男をちらりと見た。

真っ黒な髪色に、顔は驚くほど整っている。



「そ、そうだ。エリーゼは私が呼んだのだっ!」

「なぜです。私の婚約破棄に必要ですか?」



さぁ、浮気していたと認めろ、と思うが決して彼らは言わないとわかっている。



「セレスティア。君の聖女の資質を確認するためだ」



上手くごまかしましたわね。聖女なら、光のシードのおかげで光魔法が使えるかどうかわかる聖女もいる。浮気の現場を押さえられなかったのは、もしかしたら、感知能力がエリーゼには備わっているのかもしれない。

冷たくエリーゼを見据えると、弱々しい姿のエリーゼがマティアス殿下の背後に隠れた。



「……彼女は聖女でしたか……ですが、こちらのクリスタルブルーの聖女は、先ほどの出来事で怪我をされている。少し時間を空けるべきでは?」



怪我をしたのは、あなたのせいです。

あなたが、なぜか天井から落ちてきたから、私はその下敷きになったのですよ!



「それとも、シュタルベルグ国の王弟殿下の俺には、怪我をした女性を手当てすることも、この国では許されないと?」

「シュタルベルグ?」



あの竜の国と言われている大国シュタルベルグ?

その王弟殿下が、なぜ天井から落ちてくる!?



突然の情報に目が丸くなる。マティアス殿下は、王弟殿下の鋭い視線に負けているのか、たじろいでいた。







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