光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。
第三十話 ブラックローズの蕾
目が覚めれば、ヴェイグ様はいなくて外も暗くなっていた。
部屋を出れば、邸に灯りが燈っており、シオンたちもすでにブリンガーの邸から到着したのだろうとわかる。
そして、玄関ではリリノア様がシオンに詰め寄っていた。
「リリノア様。シオン。お帰りになったのですね。ヴェイグ様は?」
「ええ、まぁ……ヴェイグ様は、もうすぐでお戻りになられると思いますので……晩餐には、間に合うかと」
リリノア様に疲れたのか、シオンはぐったりとしている表情だ。
「セレスティア様!」
「はい」
「どうして先にお帰りになるのですか!」
「それは、ヴェイグ様に仰ってください」
「せっかくお話がしたかったですのに……」
「私と、ですか?」
潤ませた瞳で言い寄られると、何となくシオンの気苦労がわかる。
小動物を追い返せない気持ちに似ている気がしてきた。
「シオン。晩餐の準備があるのですよね」
「はい」
「でしたら、どうぞ行ってください。リリノア様は、私に用事があるようですので……」
「良いのでしょうか?」
「もちろんです。女同士で話もあるでしょう」
そうですよね? という気持ちでリリノア様を見ると、図らずも嬉しそうに彼女が頷いた。
「では、リリノア様。お話を聞きましょう」
シオンが後ろ髪を引かれるように階下へと行くと、玄関ホールのソファーに二人で腰かけた。
「実はですね」
「はい」
「セレスティア様に、魔法を教えて欲しいのです」
「……魔法?」
ヴェイグ様と別れてくださいとでも、言うのかと思えば、予想と違う。
「……その……セレスティア様は聖女だとお聞きしてます。聖女は、魔法に優れていますよね。どうやったら聖女のように魔法が使えるのか、その秘訣を知りたいのです」
「……聖女は、自分で決められるものではないので……」
「秘密ですか……」
「そうですね」
シード(魔法の核)持ちで生まれたにも関わらず、魔法の才がなかったリリノア様は悩んでいるけど、聖女にはなれないのですよ。
「リリノア様は、魔法が使いたいのですか?」
「使いたいです……でも、上手くいかなくて……だから、きっとヴェイグ様にも嫌われているんです」
ヴェイグ様は、リリノア様を嫌ってはいない。それは、何となくわかっている。
「……剣や馬術はどうですか?」
「私にそんな運動神経があるように見えますか?」
「得意ではないのですね……」
いわゆるこれは、落ちこぼれというやつでしょうか。
私は、自然と魔法が使えていた。それでも、光のシード(魔法の核)に選ばれてからは大聖女候補として修行に励んでいた。
私とリリノア様は違うけど、彼女も自分にもどかしいものがあるのだろう。
そう思うと、力になってあげたいとは思う。
「……上手くいくかわかりませんが……少し考えてみます」
「教えて下さるのですか?」
「今はダメです。でも、」
期待したような表情をリリノア様が見せると、ちょうど玄関の扉が開いた。
「今帰ったが……リリノア。何をやっているんだ?」
「セレスティア様とお話をしていました」
「何の話だ?」
「……言いたくありません」
「ふーん……なら、帰れ。もう夜も遅い」
「ヴェイグ様が送ってください……」
「城にいるのだから、大丈夫だろう……危険はない」
「酷いです……」
落ち込んだように、とぼとぼと帰って行くリリノア様。
「送って差し上げればいいのに……」
「外には、いつものお付きの侍女がいるからな。送る理由がない。それよりも、リリノアと何の話をしていた?」
そう言って、ヴェイグ様が手を差し出して私をソファーから立たせた。
「本人は言いたくないようですけど……」
「セレスティアと別れる相談なら、聞かなくていいからな。それよりも、こちらに来てくれ」
ヴェイグ様に肩を抱き寄せられると、仄かに花の香りがした。
女性とお会いしていたのだろうか。
玄関を出ると、そのまま置いてあったカンテラをヴェイグ様が持ち、離宮の側の庭園へと連れていかれた。
「……暗いから気をつけろ」
暗い庭園を、私を気遣いながら進むと、庭園の中央らしき場所で止まった。
「少し暗いが……」
「少しどころか、もう夜ですよ」
「遅くなったのだから、仕方ない」
「はぁ……」
ヴェイグ様が、カンテラの灯りを中央の花壇に照らすと、そこにはまだ蕾の花があった。
「セレスティアへの贈り物だ。急いで植えたから、まだ蕾だが……いずれ咲くだろう」
「……私に? 蕾が真っ黒なんですけど……」
「これは、ブラックローズだ。王宮の庭からいただいてきた」
「黒いバラなんて見たことありません」
「咲けば綺麗なものだ」
嬉しいと思う。ヴェイグ様が、バラをくれることが嬉しくて、図らずも頬が温かくなっている。
「ありがとうございます……ヴェイグ様」
「喜んでくれるなら、急いで植えた甲斐があった」
「……私も何かお礼をしますね。何が良いですか?」
「セレスティアがいてくれるなら、それで十分だ」
「そういうわけには……」
何かできないだろうかと悩むと、周りの庭園を見て、不意に思いついた。
「この庭園を好きにしてもいいと言ってましたね」
「今度は園芸でもする気か?」
「そうですね……ここは、誰も来ませんか?」
「城でも、この離宮は離れているし、王弟殿下の離宮に気軽に来るやつはいないな」
「でしたら、ここでシード(魔法の核)を造ります」
「シード(魔法の核)?」
「はい。欲しいシード(魔法の核)はないですか? 造れないシード(魔法の核)もありますけど……ちょうど、リリノア様にも造ろうと考えてたんです。良ければ、ヘルムート陛下にも献上します。お喜びになりますでしょうか?」
「好きに使えばいいが……」
でしたら、そのムッとした表情はなんでしょうかね。
「俺のために造ってくれるのではないのか? リリノアと兄上のためか?」
「一番はヴェイグ様のためですよ。でも、ロクサスまで来てしまって、陛下にもご迷惑でしょうし、リリノア様も悩んでいるようですので……」
「先ほど話していたのは、それか……」
嫌そうに頭を抱えるヴェイグ様がちらりと指の隙間から私を見る。思わず、鋭い視線にびくりとした。
「毎日、ブラックローズも見てくれるか?」
「もちろんです。毎日確認しますね」
「なら、許す」
「偉そうですね」
「こういう性格だから仕方ない」
その上、独占欲も強そうだ。
今も、力いっぱい抱きしめてきていた。