光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。
第三十四話 朝食の時間には 1
「……ん……ヴェイグ様?」
朝になれば、毎晩一緒に寝ていたヴェイグ様がいない。
「珍しいわね……」
それでも、朝することは変わらずに着替えを済ませると、ヴェイグ様がリリノア様と一緒にサロンにいた。
弱々しく潤んだ瞳で話しているリリノア様を、ヴェイグ様が頭を撫でて慰めている。
婚約者ではないと言っていたけど、リリノア様はヴェイグ様を頼ってきたように見えている。すると、ヴェイグ様が目ざとく私に気付いた。
「セレスティア。起きたのか? 今迎えに行こうと思っていたのだ」
「朝食の時間かと思いまして……」
そう言って、ヴェイグ様がリリノア様の手を離して私の側へとやって来た。
「あの……ヴェイグ様」
「……どうした?」
「後ろの視線が気になるのですけど……」
私の額にキスをするヴェイグ様の後ろでは、リリノア様が不貞腐れたように睨んでいる。
「セレスティア様は聖女なのに、ずいぶんと俗的なのですね。カレディア国の聖女は慎み深いと思っていましたわ」
「普通は、そうですけど……ヴェイグ様は、言っても聞かないのですよ」
「人聞きの悪いことを言うな。セレスティアのお願いは聞いてやるぞ」
「はぁ……」
でも、エリーゼなんかは私の婚約者を寝取りましたからね。現場さえ押さえていれば、慰謝料も発生しなかったのに……!
「そう言えば、慰謝料はどうなったのでしょうか?」
「追手を仕向けることに夢中で、忘れていたんじゃないか?」
「……まさか、実家のウィンターベル伯爵家に押しかけないですよね……」
そんな暇はないと思うけど、マティアス殿下は私のことを知らないから、押しかける可能性もある。イゼル様は、ロクサスを仕向けたぐらいだから、私を連れ戻すことを第一に考えているはずだ。
「慰謝料のことは、今は気にしなくていいのではないか? 俺の婚約者だとは知っているのだから、請求ならシュタルベルグ国に来るだろう。どのみちそれからでないと、動けないからな」
「払う気ありますか?」
「ない。なぜ、俺が払うんだ……セレスティアのための金なら払うが……」
「私は物じゃないですので、買い取れませんよ」
「それは、残念だ。それよりも、すぐに朝食にしよう。朝は腹が減るものだ」
「毎晩、何をやっているんですか……晩餐のあとにどこかに行ってますよね? 朝も早いですし……ちゃんと寝てますか?」
「俺は繊細なんだよ」
まったく繊細には、みえませんけどね。
返答に困りながらも、ヴェイグ様がサロンのテーブルの椅子を引いて私を座らせてくれた。
「ヴェイグ様。お話を聞いてくださってありがとうございます……私、王妃様に呼ばれているので失礼します」
そう言ってリリノア様がジッと私を見た。
「セレスティア様。恋人が迎えに来たのなら、カレディア国に早くお帰りください」
「は? セレスティアには、俺がいるだろう」
「昨日男の方と抱き合ってました。立派な聖女様だと思ってましたのに……」
なぜか私が軽蔑された眼で見られて、リリノア様はヴェイグ様に頭を下げて行ってしまった。
昨日のこととは、ロクサスのことだ。どうやら、見られていたらしい。
魔法を使っているところを見られてないと言うことは、私から闇が出てきたことは見てないとわかるけど……余計なことを言うだけ言って、恐ろしい形相になったヴェイグ様を置いて行かないで欲しい。
「セレスティア」
「なんでしょうか? あ、シオン、お茶はいつものでお願いします」
「はい。お砂糖もいつも通りで?」
「はい。お願いしますね」
「茶なんかどうでもいい!」
ヴェイグ様の眉間に寄ったシワを無視してシオンにお茶を頼むが、見逃してはくれなかった。シオンは聞かないフリをして、お砂糖を一つ添えてお茶を置いてくれる。
「誰といたんだ?」
「何のことですか?」
「怒るぞ」
「もう、怒っているじゃないですか」
物凄く凄んだ声音で睨んでくる。しかも、シオンに「誰が来たんだ?」と確認しているが、シオンはロクサスに会ってないから、「誰も来てないですね」と答えている。
「セレスティア」
「先にお伝えしますけど、抱き合ってないですからね」
「なら、なぜ庇おうとする」
「庇ってません。何をする気ですか」
「止めを刺しに行く」
「ロクサスとやり合ってどうするんですか? お互いに怪我でもしたら大変です」
筆頭聖騎士と言ったはずです。ロクサスの能力も高いのですよ。
「来たのはあの聖騎士のロクサスか……」
「そうですけど、無駄な争いは止めて下さいね。ヘルムート陛下に仲良くするように言われましたよね」
二人が喧嘩すれば、魔法で周りが壊されそうだ。
「あの男は俺に一度剣を抜いたからな。止めを刺す理由は十分だ」
「理由はそっちですか……」
執念深そうな発言をするヴェイグ様に、呆れて思わずため息が出る。
「……ロクサスが、あの時、剣を抜いた理由をわかってないのか?」
「わかってますよ? 私を聖女機関に連れ戻そうとしたのですよね?」
聖女機関であるイゼル様から放たれた追手だったはず。そう思っていると、ヴェイグ様が不機嫌なままでジッと数秒私を見る。
「……落ち着いているな」
「……いけませんか?」
「別に」
眉間にシワを寄せたままのヴェイグ様が、肘をついて不貞腐れている。そのテーブルにシオンが朝食をそっと置いた。
「ヴェイグ様。朝食ですよ」
「知っている」
そう言って、不機嫌そうなままのヴェイグ様と朝食を始めると、下僕フットマンが手紙を持ってきた。