光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。
第三十五話 朝食の時間には 2
「ヴェイグ様。お手紙です」
朝食の給仕をしていたシオンが、トレイに乗せた手紙をそっとヴェイグ様へと差し出した。
「……セレスティア。光の祝祭は、予定通りに行うようだぞ」
「カレディア国では、重要な祝祭ですからね」
取りやめは絶対に出来ないのだ。
そう言えば、光のシード(魔法の核)を造りかけだったが、誰が引き継いだのだろうか。聖女の誰かだとは思うけど……まぁ、ほとんど完成しているから、あとは光を閉じ込めるために聖力を封じるだけでも大丈夫だ。私が心配することではない。
「シオン。セレスティアのドレスを準備してくれ。そうだな……色は黒と赤にしてくれ」
「かしこまりました。すぐにドレスを見繕ってきます」
シオンは、すぐにドレスを探すために下がっていった。なかなか落ち着いている。
「……ヴェイグ様。私もご一緒に?」
「もちろんだ。光の祝祭の前の晩餐会や舞踏会にも呼ばれているからな。婚約者と参加するのは当然のことだ。どうせセレスティアも参加予定だったのだろう」
「そうですけど……今は違います。もうマティアス殿下とは別れましたので……」
「だから、俺と行くんじゃないか。きっと、驚くぞ」
「カレディア国の陛下は苦労性ですので、優しくしてくださいね」
「向こうの出方次第だ」
「笑顔が黒くて怪しいです」
腹黒そうだ。絶対に腹黒だと思う。性格に難がありそう……でも、冷たいマティアス殿下よりもずっといい。
あの人は、私をお飾りぐらいにしか思ってなかった。何をしても彼を支えるのが当然で、労いなどなかった。
私が周りに褒められるのを嫌い、それなのに、人よりも劣ることを嫌った。
一人で何でもできるようにとしていると、私はいつの間にか孤立を極めていた。
今さら、誰とも懇意になることはないだろうと諦めてもいた。
マティアス殿下と結婚するということは、そういうことなどだと思い込んで……。
「セレスティア。他の男のことを考えるな」
マティアス殿下を思い出せば、表情が暗んでしまう。そんな私に、いつの間にかヴェイグ様が私の側に来ており、髪に触れてくる。そして、そっと口付けをしてきた。
「黒い髪は、気持ち悪くないですか? 普通ではないんです。そこだけ黒いのですよ……今もどんどん黒みが帯びてきていて……」
「見ればわかる。だが、俺は気に入っているし、もっと触れたいとも思う」
「手が早いですよ……」
「欲しいものは遠慮しない」
「……光の聖女では、なくてもですか?」
「……どういう意味だ? 黒髪が現れた理由に心当たりがあるのか?」
言いたくない。私にだって秘密はあるのだ。
「まぁ、どちらでもいい」
「大らかですね」
細かいことを気にしないタイプかもしれない。でも、それが私には癒される。
朝食の最後にお茶を音もなく飲めば、ヴェイグ様が立ち上がった。
「セレスティア。今日も見送ってくれるか?」
「はい。でも、今日は玄関でもいいですか?」
「何故だ?」
玄関へと向かって歩きながら、あからさまにムッとするヴェイグ様。でも、またロクサスがどこかで見ているかもしれない。
思い出せば、恥ずかしい。
「……あのですね。昨日、ロクサスに見られていたんです」
「何をだ?」
「お見送りのヴェイグ様と私を……」
「その後に、抱き合ったのか? 俺とキスをした後に?」
「だから、抱き合ってません。しつこいですよ」
思わず、腕を組んでそっぽを向いた。食堂は玄関の近くで、あっという間に到着している。
ロクサスと抱き合ってなどいない。でも、あの時に私から出てきた闇を消そうと、ロクサスも光魔法でしゃがみ込んだ私の背中を支えていた。
傍から見れば、それは抱き合っていると思われるのだろうか。
「……やっぱり、昨日のところまで、お見送りします」
「来なくていい」
ヴェイグ様の冷たい声音が響いた。
疑われるようなことをすれば、嫌われてしまうのも当然だ。マティアス様には、ヴェイグ様との不貞を疑われて婚約破棄をされてしまったばかりなのに、また同じことをしようとしている。マティアス様に婚約破棄されたのは、むしろ、喜ばしいことなのだけど……。
そう思うと、腰が弓なりになるほど引き寄せられた。
「……っんん……っ!!」
息もできないほどの力で抱き寄せられている。不安定な身体で、自然と両手がヴェイグ様の胸板に押し付けられていた。
唇が離れると、吐息混じりに呼吸をした。恥ずかしくて、顔は上げられないままの私をヴェイグ様が抱擁してきていた。
「……見送りは、ここで我慢する。誰かに取られたら、たまらん」
「はい……」