光の聖女は闇属性の王弟殿下と逃亡しました。
第三十九話 闇のシード 4
庭には、憤慨する王妃。呆れて肘をついて今にも欠伸がでそうな兄上。
そして、早く帰れと思うばかりの俺が、三人で向かい合っていた。
「ですから、リリノアと結婚する気はないのですよ。俺にはセレスティアがいます。結婚するのは、彼女だけだ」
「では、セレスティア様は第二夫人にしてしまえばいいではないですか」
王妃には、リリノアと結婚する気などないと何度も言っているのに、王妃はなかなか引き下がらない。
しまいには、兄上が「妃よ。諦めろ」と呆れて諭す始末だった。
その時に、妙な気配を感じた。思わず、気配を感じた方角を振り向いた。
「……今のは何だ?」
兄上が、呟くように異様な気配を感じて立ち上がった。
気配にそれほど鋭くない兄上でも、感じ取れるほどの異様な気配が城に漂っている。
「……セレスティア……」
「なに?」
「……っセレスティア!」
異様な気配は、間違いなく闇の気配。それも、良くない感覚だった。
気がつけば、セレスティアを想い、庭を飛び出していた。
こんな力を持っているのは、セレスティアだけ。
何かあったのだ。
「ヴェイグ様!」
「アベル!? どうした!?」
兄上の庭へ続く廊下で控えていたアベルが、誰かにやられたように腕を押さえてよろめいていた。
「大変です! セレスティア様が……!」
「セレスティアが、ここにいたのか!?」
いたのなら、なぜ姿を現わさなかった!?
誰かがいる気配はした。その時に、王妃が現れたから、来たのは王妃だけだと思い、探索のシードでも、気配を探らなかった。そのことに、胸がゾッとした。
気持ちが逸る。嫌な予感に身体を支配されている気になる。
そう感じさせてくれるのは、セレスティアだけだった。
今まで、誰にもこんな気持ちを感じたことなどなかった。焦ったことすらない。
幼い頃から、誰を傷つけても心が揺れることなどなかった。
冷めた子供、感情のない子供__そう言われて育ち、不貞の子供だと揶揄われれば、眉一つ乱さずに周りを傷つけた。それを止めてくれたのは、兄上だった。
そんな狂った自分が惹かれたのが、唯一セレスティアだけだった。
焦る気持ちで、セレスティアの気配のする方角へと走っていた。
空気が濃い魔力に支配されていっているように重い。嫌な感情を逆撫でするような圧が城に漂っている。それが、離宮に向かって強くなっている。
段々と黒みを帯びた霧が辺りを漂い、駆け付けた離宮の入り口には、異様な空気の中でセレスティアが立っていた。
「セレスティア!!」
名前を呼びながら、駆け寄っていた。すると、セレスティアが静かに振り向いた。
「……ヴェイグ様……」
振り向いたセレスティアは涙を流していた。クリスタルブルーの髪は、色濃く黒みが有り得ないほど広がっている。
その彼女に必死で手を伸ばして駆け寄っていた。でも、手は届くことはなく、セレスティアは闇に包まれて消えてしまった。