血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第十一話 希う秘密

 ずっとリラが好きだった。でも、リラはフィラン殿下の婚約者だった。そのせいで、誰もリラに手が出せなかった。いくら金を積んでも……。



 それが、リラが殺人事件の容疑者になってしまった。そんな時に、フィラン王太子殿下の兄であるブラッド様から、リラと婚約をして、フェアラート公爵家へと連れて行って欲しいと頼まれた。

 城の塔にいては、いつ暗殺されるかわからないからだ。実際に、王妃がリラを狙っている。

 あんな健気で美しいリラが殺人を犯すわけがないのに……。



 ブラッド様は、今もフィラン王太子殿下殺人事件の犯人捜しをしている。でも、見つかるわけがない。そう簡単に見つかれば、リラが捕まることもなかった。



(だが、どうしてリラはフィラン殿下の部屋にいたのだろうか……あの部屋は私室で、誰でも入れるわけがないのに……)



 騎士団にも在籍している俺は、戦争にも行った。形だけの騎士だったフィラン殿下とは違う。



 __どうか、振り向いて欲しい。



 リラのポプリのおかげでよく眠れた朝にはリラを部屋に迎えに行けば、リラの部屋の前にはケイナが花の水替えをしていた。



「ケイナ。花の水替えか?」

「はい。リラ様から、毎日水を替えるように言いつかってます」

「そうか……」

「リラ様は、ジェイド様がお好きなんですね。花を大事にされてますし、毎日部屋からでると、この薔薇の花を見ていますから!」

「リラが?」



 ケイナの視線の先には、先日リラに贈った薔薇の花束が部屋の入り口に飾られている。それを、毎日部屋から出るたびに眺めていると言う。



 どんな視線を向けて見ているのだろうか。その姿を見たいと思うほどリラの愛らしい姿が浮かぶ。



「リラの様子はどうだ? 何か困ってはいないだろうか?」

「リラ様は、何も言いません。慎ましい方で……」

「そうか……」



 リラは、いつも控えめだった。何も強請らなく、誰にも頬を染めることは無い。女性なら、自分の容姿に愚かにと思えるほどすり寄って来ていた。使用人たちすら、自分が声をかけるだけでケイナのように頬を染める。違うのは、いつも凛としているリラだけだった。



「リラとはどんな話をしている? 何か欲しいものはないのだろうか……」

「あまりお話になられない方で……」



 あんな事があったから、塞いでいるのだろう。でも、リラに何をすれば喜んでもらえるのかがわからない。



「リラは、花が好きなんだろうか」

「そうだと思います。そう言えば、花の図鑑も読んでいました。部屋も花売りの子供が持ってきた花でいっぱいですし……」

「……俺の花は廊下で、花売りの花は部屋か……」



 少しだけ複雑だ。ムッと伏し目になると、慌ててケイナがフォローをする。



「でも、リラ様は、ジェイド様からのお花をすぐに飾る様に言いましたので、喜んでいたと思います! お二人はとてもお似合いで……」

「そうか。リラは、今はいろいろ良からぬ噂に巻き込まれている。どうか、彼女と仲良くしてやってくれ」

「はい!」

「では、あとでまた、リラに花を贈ろう」



 軽くケイナの頭を撫でるとケイナが昇天しそうなほど赤くなった。その横を通り過ぎてリラの部屋へと行った。



「リラ。入るぞ」

「はい。ジェイド様。迎えに来て下さったのですか? 今から行こうとしていたんです」



 そう言いながら、リラが乾燥した花を詰めたガラスの瓶を籠に入れた。籠のなかには、すでにいくつもの花の入った瓶が詰められている。

 リラの部屋を見渡せば、窓から光が差す場所を中心にあちこちに花が置かれていた。



「花でいっぱいだ……」

「全部ドライフラワーにするんです。こうやって乾燥させるんですよ」



 微笑むような笑みでリラが言う。



「リラは、花が好き?」

「そうですね……好きかもしれません。今は特に何もできないですし……」

 

 リラがポプリを作って入れた籠の中の瓶を一つ取れば、一生懸命作ったのがわかるほど丁寧に作られていた。その中の一つが目に留まる。リラと同じ紫色の花だ。名前はわからない。



「リラの髪色と同じライラック色の花だ」

「リーガが持ってきた花にあったんです。今日も来ますから、準備しているんですよ」

「これも、もらってはダメだろうか?」

「……気に入りましたか?」

「リラの髪色と同じだ」

「でも、だめですよ。これは今日の分です」



 そう言って、リラがジッとこちらを見た。



「もしかして、先日のは、お気に召しませんでしたか?」

「そうじゃないが……先日のも、部屋に飾ってある」

「嬉しいです。でも、これはあまり出来が良くないので、ジェイド様にはもっとしっかりとした物を作りますね」

「こんなに上手なのにか?」

「そんなことは……」



 照れたようにリラが目線を下に向ければ、ゴミ箱には失敗したのか、花がいくつも捨てられていた。



「失敗?」

「リーガには、内緒です。ちょっと花びらを崩してしまって……」



 焦ったような表情で頬を紅潮させたリラに、なんだか勝手に貰おうとして申し訳なくなる。本当なら、全部買い占めたいぐらいの衝動はあるのだが……。



「……全部買おうとするのはやめる」

「そんなことを考えていましたか……でも、ダメですよ」

「お金は同じではないのだろうか?」

「でも、ジェイド様が商品をすべて買い占めては、リーガの花売りとしての顔が売れませんからね」

「そしたら、あの子はうちで雇う」

「困りましたね」

「困らせるつもりはないが……そうだな、今回は諦める。残念だ」

「はい」



 クスクスッと笑うリラに目尻が緩む。彼女を前にしているだけで、癒されるのだ。



「リラ。少し庭に行かないか?」

「お庭に、ですか?」

「昨日誘った庭園の散策を実行しようと思って。フェアラート公爵邸の庭園も、リラが気に入ってくれると嬉しいのだが……その……先日贈った薔薇も見事に咲いているんだ」

「まぁ、薔薇が……楽しみですね」

「では、行こうか?」

「はい」



 そう言って、リラと手を繋ぎたくて手を差し出そうとすると、リラは籠を持った。おかげで、手が繋げなくて、残念だと思う。



「持って行くのか?」

「そろそろ、リーガがくる時間なんです。真面目な子で時間通りに来てくれるんですよ」

「そうなのか……では、俺からも挨拶をしよう。何かあの子にも贈ろうか?」

「かまいませんけど……リーガに全部買うと言って、困らせないでくださいね」

「うっ……それは……自重する」



 呆れ顔になりそうなリラが、微笑んで歩き出して二人で庭園へと行った。リラが通り過ぎると、ポプリを作っているせいか、ほのかにいい香りがすれ違いざまに漂った。



「ジェイド様……素敵ですね」

「花が好き?」

「見ていて癒されます」



 庭園では、リラは楽しそうに花を見つめている。そっと近づくと、通り過ぎた時と同じようにいい香りがする。まるで、自分が誘われている気分になる。



「……リラ」

「はい」



 いい雰囲気だった。そのせいか、薔薇を見つめているリラの肩に手を回して抱き寄せた。すると、表情一つ変えないで、リラが俺を見上げる。それに合わせて、自然と腰を屈めた。

 もうすぐで、唇が重なりそうになる。



「………っ嫌!」

 

 その瞬間、リラが俺を突き飛ばした。



「リラ?」



 今にも泣きそうな眼でリラが口元を隠した。血の気が引いた。そのまま踵を返して逃げようとするリラに手を伸ばした。声も出せずに。



「リラ様!」



 その時に、リーガがやって来た。平民のような帽子を被り、近づいてくるリーガに躊躇した。リラの名前も呼べないままで。リーガはこちらを見ると、そのままリラを追いかけて一緒に去って行った。











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