血に堕ちたライラックはウソにまみれている

第十二話 冷たい青

「リラ様。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。何でもないの……来てくれて嬉しいわ。すぐにこれを持って行ってください」



 庭園を出た先で座り込んだ私を、時間通りにやって来たリーガも座り込んで心配する。



「……すぐに持っていきます」

「お願い」



 泣きそうだ。襲われた時を思い出すと、身体が震える。ぼやけた視界で顔ははっきりと見えなかった。でも、ナイフでドレスを裂かれて……あの男は私に触れた。あの感触が気持ち悪い。

 あの時に、ブラッド様が来なければ、私はどうなっていたか……。



「リラ様。すぐに持って行きますから……心配いりませんよ」



 そう言って、リーガが私の持っていた籠をしっかりと握りしめた。









 神殿の安置所には、フィラン殿下の遺体が横たわっている。氷の魔法で神殿の温度を下げて、遺体が少しでも長持ちするようにしているせいで、まるで氷の神殿のように至る所から冷気が流れ出している。



 フィラン殿下は胸に一突きにされて絶命した。その冷たい骸に近付こうとすれば、すでに王妃がフィラン殿下に寄りかかりすすり泣いていた。

 俺が近づけば、王妃が顔を上げて振り向いた。



「……ブラッド」

「お邪魔でしたか?」

「邪魔だと思うなら、下りなさい」



 すすり泣いていたかと思うと、すぐさま目尻を拭いて目を釣り上がらせた。



「ブラッド。リラをどうしたの? どこに隠した?」

「隠したなど、人聞きの悪い」



 別に隠しているわけではない。ジェイドは、騎士団でもリラと婚約したとすでに話している。だが、王妃は騎士団のことに無関心だから、まだ気づかないのだろう。



「言いたくないのでしたらいいでしょう。ですが、こんなところに来る暇があるなら、すぐにフィランを暗殺したリラを捕らえなさい!」

「犯人はリラではありませんよ」

「あの娘に決まっているわ! 騎士団長とあろう者が、暗殺犯を庇うなど……お前など、陛下の御子ではないのにっ……」

「……そんな話を聞くために来たのではないのですがね」

「可愛げがないどころか、浅ましい……陛下が認知したといっても、お前などどこの馬の骨かもわからない子供ですよ!」



 王妃は、昔から俺を疑っていた。陛下と違う髪色に瞳。陛下と俺の母親は従姉妹だから、同じクリーム色の髪だったのに、俺だけが違う色で産まれたからだ。それは、王妃だけでなく誰もがそう思っただろう。



 でも、後宮入りしていた母親が不貞などできるはずもなく、陛下が認知してしまったために、誰も異を唱えることが出来なかった。いや、側近たちが密かに進言していたが、大っぴらには言えないことで、いつの間にか、俺の出生は暗黙の了解のように誰もが口をつぐんだのだ。



 戦場に出た時は、誰もがそのまま死んでくれと願っただろう。でも、俺は死ななかった。



「王妃がいくら俺を嫌おうとも俺を認知したのは陛下ですよ。それに、俺が産まれる前のことは、記憶にないので……」



 奥歯を軋むほど表情を歪める王妃を見据えて言った。



「なら、お前には、アイリスと結婚してもらいます。すぐに子をもうけなさい。アイリスとの子なら、その子を次の王太子にしましょう」



 そう言って、王妃が立ち上がりフィラン殿下から離れた。アイリスはフィラン殿下がリラと別れて婚約者にした女だ。王妃の親族だから、押すのだ。

 王妃が目を釣り上がらせたままで通り過ぎる。



「どちらに?」

「リラを探します。騎士団長は、戦を得意でも暗殺犯を捕まえられないと見受けますので」



 ツンと冷ややかな面持ちで去っていった王妃。腹の内はリラへの憎悪で燃えているのだろう。だが……



「……アイリス嬢との結婚は無理だな。こう見えても恋人がいるのだが……」



 フィランの遺体と自分しか残ってないこの場で呟いた。



 彼女以外とは結婚しない。バカな王妃は、そんなことも気づかないでいた。











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